ために掘った横穴だとか、そうだ、此処も戦争時分は防空室に使っていたっけ、そういう所で人工キノコを作っている。考えて見ると皮肉なものだ。
柳子 そう言えば、原子爆弾が爆発した時は、キノコそっくり。先日ニュース映画で見たわ。
浮山 こんなものは、暗いジメジメした所でなきゃ育たないんだな。それに、ちょうど酒を醸造する室の中に独特のバクテリヤが居て、そのために一定の味を持った良い酒が出来ると言ったね。
柳子 すると此処にもバクテリヤが、およおよ居ると言うわけ? (暗い周囲を見まわす)なんだか気味が悪いわねえ。
浮山 フフ、なあに、そんな、そういうタチのもんじゃ無いんだ、バクテリヤなんて。お柳さんみたいな度胸の良い人が、変なことで気が小さい。
柳子 あら、光っている。ごらんなさい、よく見ると薄白くポーと光ってるんじゃない? ほら、ここんとこ。(箱の中に手を入れる)
浮山 そこらが一番うまく行ってるとこらしいんだ。
柳子 ひっ! (不意に叫んで、四五歩飛びさがって、一度ころびそうになりながら、地下室への階段を三四段かけあがる)
浮山 (こちらもびっくりして)ど、どうしたの? (懐中電燈を取ってそっちを照らすと、びっくりしてかけあがった拍子に柳子の着物のすそが乱れて踏みはだけた下半身)どうしたんだよ?
柳子 (すそをつくろいながら、既におかしくなって笑っている)おおびっくりした!
浮山 こっちがびっくりしますよ。どうしたの全体?
柳子 ヌルヌルッとするじゃありませんか! なんの気なしにヒョッと触ったらヌルッとして。おお気味が悪い!(指の先を嗅いでいる)
浮山 なあんだ、大げさだなあ。
柳子 清彦さん、だまあってるんだもの。ちょっと言ってくれれば、触ったりしないのに。おお、イヤだ! 何が嫌いだと言って、ヌラヌラするものほど嫌なものは無い!
浮山 ハハ、そう言えばお柳さん、小さい時からヌタだとかワカメのお汁など出されると、プイと立ってしまったっけ。
柳子 知ってらっしゃる癖に、しどいわ。
浮山 ハハ、ごめんごめん。しかしね、なんだよお柳さん、どうもなんだなあ、もしかすると、あんたの男嫌いと言うやつも、そいつから来ているのかな。
柳子 ホホ、男は嫌いじゃありませんさ。
浮山 すると、そこらにゴロチャラしている男だけが嫌い? 耳が痛いな。
柳子 清彦さんだって、さんざ遊んだ人でしょ? わからない筈は無いと思うわ。ちかごろ、男と女の好いたの惚れたのと言う事、もう、あたしにはどうでも、いいの。不感症と言うのかな。でも自分ではなんの不足も感じてないのよ。案外これで平々凡々な一生を送るんでしょ。あたし、早く年を取りたい。一日も早くお婆さんになりたいな。
浮山 もったいない事を言う。
柳子 どうもありがと、でもホントの気持なの。
浮山 冗談は冗談としてさ、どうだろう、ホントに柳子さん、資金を少し廻してくれないだろうかな?
柳子 ええ、でもさ、お婆さんと言えば、広島の此処のおばさん、近頃どんな工合なの?
浮山 うん、眼だけ開いているが、口は一切きけないし手足は利かず、耳も近頃ほとんど聞えないらしい。食べる物だけは普通よりもよけいに食う。まあ去年僕が行った時と同じらしい。いつまで生きているか――そう言っちゃ悪いが、早く死んでくれた方がいいがね。
柳子 ざんこくな事言うわね。
浮山 いや、ざんこくな気持からでなくさ。むしろ、その逆だ。あれで生きていても、しょうが無いだろうと思うんだ。僕はまだこれで多少は血のつながりの有る、つまり伯母さんのイトコの子だから、まあ同情はするけどさ、その僕でさえ、そう思うんだもの。柳子さんにして見れば、何のつながりは無し、おっ母さんが生きていた頃は、あの伯母さんからイジメられこそすれ、良くしてもらった事など、こっから先きも無いんだから、ああしてまるで死ぬのを忘れてしまったようにネバられてると、さぞ憎いだろう?
柳子 とんでもない! そんな事ありません。あたしは、どうせメカケの子で、はじめっから馴れてるし、いっそあなた、格式だあ教育だあで、縛られないで、こうして自由気ままに過して来られたのも、そのおかげなんだから、うらんでなんか、微塵もいないよ。ホント! たださ、ここの家屋敷のこと、おばさんがそんな風だと、いつになったらカタが附くんだろうと思ってさ。
浮山 それさ。うっかりすると、その二番の方の債権――銀行の方はツブれているから、どうと言う事は無いかもしれんが、しかし銀行の方のも最近、整理委員が動きだして、権利を松山組に譲ったとか売るとか言う噂もあるしね。
柳子 そりゃ、しかしデマだわよ。あたしがチャント若宮の手で調べてあるの。いよいよとなって、債権をひとまとめにして、こっちを安く買いはたこうと言うコンタンらしいの。それよりも舟木さんの方ねえ、いよいよとなって、どんな風に出て来るんだろう? それが私、気になる。
浮山 あれはしかし、せいぜい死んだ伯父さんとの関係を言い立てて土地の少しも分けてもらって、それで病院でも立てようと言うだけのなんだろうから――
柳子 そうかしら? だって、あんな妙な、先生なんて人まで引きずり込んで来たりして、何かと自分の味方をふやしといて――
浮山 そりゃ、違うだろ。あの先生は奥さんを取られた後ボンヤリして、そいで行く所が無いから、あれはあれだけの人だと思うなあ。
柳子 そうかしら。……どっちせ、広島のおばさんが今のようじゃ、あれもこれも、さしあたりどうにもならないわね。
浮山 そう、所有権は伯母が握ってんだからな、あいでも、変なもんだな、こんだけの家屋敷が、もう死んだも同然の、ただ息をしているだけの伯母に握られて、どうにも出来ないんだからなあ。……しかし、そんな事よりお柳さん、今言った、なんとか一つ、資金をさ、お願い出来ないかなあ。年二割位の利息は払えると思う。それも一度に貸してくれなくても、最初は五万ぐらいで結構だけどね。
柳子 出してあげてもいいけど、でも近頃少しひっぱくしてるのよ。こないだ、少し大口の糸へんで、ちょっとガッちゃったし、それに、あたしにゃ、年二割なんて気の永い話はダメ。いえ、金が寝るのが惜しいなんて言うよりも、スリルが無いので、つまんない。
浮山 だって一つ位、気永に構えた仕事を持っていても悪くはないだろう。これでもうまく行って少し大きくやれば立派に一つの事業なんだから。
柳子 でも、その今の、私のだいっ嫌いなヌルヌルを拵える仕事に金を廻すなんて、フフ、いやだなあ。
浮山 ハハ、そりゃ、しかし、これだけじゃないもの。温室の方のランの方も、もう少し手広くして、新種をもっと入れたいし、そのほか、いろいろあるし――
柳子 ランね? ランは綺麗でいいけど、でもあたしなぞとは益々縁は無い。
浮山 頼みますよ。ね! その方が、若宮君などを、大きに手足のように使っているつもりでいて、時々ノマれたりしているよりゃ、いいんじゃないですか。
柳子 若宮がノム? 冗談でしょ。そりゃ、ほかのお客のはノンだりしているかも知れないけど、あたしの分を、へ、そんなアコギな事、させやしない。誰だと思ってるの、ハハ。こいでも、あんた――

     6 若宮の室

若宮 (大あぐらでウィスキイのコップ片手に、幾種類もの夕刊に目をさらしながら) ハッハ、いやならいやで、それでいいんだ。腐っても、こいで若宮猛だよ。けちっくせえ、娘に金策を頼んだりはしたくねえ。だから貸してくれと言ってんじゃないんだ。見かけた山があるから、それに投資しないかと言ってる。この際三万ばかり投資してくれれば、三月すれば十万にして返そうじゃないか。
房代 そんなうまい話なら柳子さんにしたらどう? 良いカモがつかまらなくなったもんだから、自分の娘までくわえこもうと言うの?
若宮 ちがうよ! この話は株の方の話じゃないんだ。後藤先生の方の手で、川崎の方の小さい工場で、爆弾くらってぶっこわれたままで手を附けずにあった鉄工所だよ、そいつをタダみたいに安い値段でソックリ買い取ってな、いや私も調査に行って来たが、ぶっこわれているようでも此の際三十万ばかりかけて手を入れれば、チャンと使えるんだ。朝鮮があの有様だからね、仕事はじめさえすれば、註文はいくらでも有る。連盟の連中で以前そう言った仕事には年季を入れた者が二三人、いっしょにやろうと言ってくれている。
房代 あぶないもんだわ。お父さんなぞ、やっぱりカキガラ町へんで網を張っていた方が率は良くってよ。そんな、元の軍人だとか特高警察だとか追放された実業家などが寄り合って、又なんとかして、お釜を起そうとウの目タカの目でなにしているのなんか当てになるもんですか。よした方がいいと思うな。第一、その後藤先生にしたって、結局は追放解除になって、政治の方へカムバックしたいんで、それの足がかりに連盟なんかやっているんでしょう? カムバックができたとなると、あとはどんな事するか知れたもんじゃないわ。
若宮 じょうだん言っちゃいけない。ほかは知らんが後藤先生は唯の政治家じゃないぜ。つまり思想家、と言うか、信念を持っとる、人格者――つまり国士だ。
房代 は、まだ居たの、国士なんて言うもん? お茶をわかすわ、オヘソが! 国士が、それこそオヨオヨとあんまりたくさん居たからこそ日本はこんな事になっちゃったんじゃないの? おお、ダミット!
若宮 ダメじゃないよ。お前たちアプレにとっちゃ、そうしか思えねえかも知れんが、そいつは早のみこみの量見ちげえだ。こんだの戦争にしたってそうだ、今いろいろ言ってるが、あと五年十年たっても見な、どっちが良くってどっちが悪かったか、今言われているようなもんじゃなくなる。喧嘩は両方でしたんじゃないか。誰か烏の雌雄を知らんやと言ってな。片っ方が、その、百パーセント正しくって片っ方が百パーセントまちがっていたなんて喧嘩があるかね? 歴史の審判は公平ですよ。東京裁判はまちがう事あ有ったとしても神の審判はまちがいません。
房代 ほら、よっぱらっちゃった。
若宮 酔やあしない、たかがこれっぱっちの酒でお前。だから、どうだ、投資しないか?
房代 おことわり。
若宮 もうけさせてやるんだよ?
房代 信用しないの。いえ、お父さんだけでない、もう世の中の誰も信用しないの。
若宮 すると、何をお前は信用する?
房代 そうね、ドルは信用する。
若宮 え、ドル?
房代 ドル。
若宮 ああドルか。……どうりで、ドルを持った恋人を次ぎ次ぎとこさえるんだね?
房代 悪いの?
若宮 悪いとは言わない。いっそ、お前のやり方もハッキリして良いと思ってる。ただねえ、こんな風になったお前を、お豊が生きていて見たら、ぶったまげるだろうと思ってな。
房代 お母さんの事は言わないでよ。
若宮 なんしろお前、毎朝房ようじに塩を附けて歯あ磨かないでは磨いたような気がしない、俺が場立ちに出かける時あ、かかさず、うしろから切り火を打ってくれると言った女だ。自分の生んだ娘が、そう言った、ナイロンの脚を投げ出して、爪を真紅に染めながら、親父に向って、ドルと恋愛なんて言ってるのを見れば、こりゃ、気絶するね。
房代 ふん。……(向うのジャズソングを低く鼻歌で)
若宮 ハハハ、わしは違う。わしは、これも良いと思ってる。ここんとこ、十年二十年、日本はまあ、何とか国日本県と言うとこで、先ず殖民地となった。わしはそう見る。今さら泣いても笑っても、できた事で致し方なしだ。して見れば、若い娘が、これまた、そんな風になるのも、これ、あたりまえ。とにかく、生きては行かなきゃならんからな。
房代 もういいかげんにウィスキイ、よしたらどう? 今に腎臓が破裂するわよ。そうよ、生きてだきゃ行かな[#「生きてだきゃ行かな」はママ]、ならんだわ。お父さんの腎臓はお父さんが思っているより悪くなっているのよ。舟木さんが言ってたわ。
若宮 ふふ。……しかしなあ房代。恋愛は自由だがね、この、なんだよ、眼色や毛色の変った子を生むのだけは、まあ、よしにしといた方がよかろうぜ。そういう、わしから言えば孫だな、
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