宮 ここの先代にゃ正妻に子が無いからね、今広島で死にかけてる大奥様の遠縁の浮山君と、大旦那の妾の子の柳子さんをめあわして、後をつがせる話になっていましたさ。途中、嫌って逃げたのは柳子さんでね、浮山はさんざんジレて、ジタバタして、あげくが自棄になって遊び出した。絵かきの仕事も放り出してね。さんざん女狂いをして、そこで立派な一かどの道楽もんが出来あがったと思った時には、まるであんた、当人腑抜けになっちゃってた。ヘヘ、相手が不感症で、片やが腑抜けだもの、商談なり申さず。
私 舟木さんは、すると、この家とどんな関係になっているの? たしか、元の此処の主人側のつながりが有ったし――?
若宮 またいとこか何かの子供ですよ。あれでやっぱり柳子さんにゃ気があるんだ。もっとも、柳子さんにゃ、広島の婆さんが死ぬと、此処の家の相続権が舞いこむからね、この家と柳子と、ソックリまるごと取り込みたいか。
私 まさか、君、そんな――
若宮 ヘヘヘ、此の家なんぞ、ただ見れば唯の家だが、こいでお化け屋敷ですよ。みんなお化けだ。あなたなんぞも、お化けの一人じゃありませんかね? どうです、あなたも、柳子と言う女に野心があるのと、違いまっか? ……(ジロリジロリと、立っている私の足の方から頭の方へ眼で撫でまわして)ならば、いっちょう、手を振って見ますかね? やって見ろ、やって見ろ、落ちると思ったら、どいつも此奴も振って見ろ。おさえる手筋はチャーンとおさえてあるんだ、ヘヘヘ、当ての無え先きものは買わねえんだ、はばかんながら此の若宮は! 五年前に芸者時分にチャーンと柳子の身体にゃ、わしが手をかけてある。ヘッ! こんだ落ちるとなったら、ひとり手に、狂って騒いで、あちこちといくらジタバタしたって、とどのつまりが私の手の中へ落ちないで、どこへ落ちるもんかね! 細工はりゅうりゅう! ハッパあチャーンとしかけてある、アッハ、アッハ!
私 ……(つかれたように喋りまくる相手を、自分に理解できない物を眺めるように眺めているうちに、次第に嫌悪と、次ぎに憎悪で睨みつけていたが、やがてプイと何も言わずに廊下へ立ち去って行く)
若宮 ……(チョイとそれを見送ってから、再びキョロキョロとあたりを見まわし)なにが、くそ! (ガサガサと又、紙幣や書類をカバンに詰めはじめる)
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(そこへ、私の去ったのとは反対の廊下から、浮山がヌッと入って来る。これまでの淡々として枯れ切ったような人柄が一変していて、ほとんど面変りしたように眼がギラギラと殺気立っている。入って来るなり、その辺の様子をチラチラッと目に入れ、四角にスッと坐る)
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若宮 あ、浮山君。
浮山 若宮さん、あんた、直ぐに――今夜にでも、此の家から出て行ってくれ。
若宮 出て? ……だしぬけに、君、何を言うんだ? どう言うそれは?
浮山 どう言うもヘチマも無い。速刻出て行ってほしい。私は此の家屋敷一切の管理を所有者から委任されている人間だ。それがあんたに命令する。
若宮 へえ、命令するかね? 命令は結構だが、理由は何だね? どう言うわけで私がここを立ち退かなきゃならんのかね?
浮山 あんた自身、胸に手を当てて考えて見りゃ、わかる筈だ!
若宮 さあて、わからんなあ。ここの家の相続権の事かね? ヘ、そんならチャンと婆ちゃんが死ねば柳子さんに来る事になっているし、一部分が舟木さんの権利になることもハッキリしている。そうさ、その柳子さんの法定後見人はわしだ。しかしそいつは前から決っていた事だ。今夜急にどうこうと言う事じゃない。どう言うんだね?
浮山 どうもこうもない。だまって出て行ってくれりゃいいんだ。あんたのような毒虫をいつまでも此処に置いとくとロクな事はない。
若宮 毒虫と? ははん、さては君、舟木にたきつけられたね? わかった! しかし気を附けた方がいいぜ。舟木って奴あ、腹の底の知れない奴だ。君なんぞにゃ、うまい事言ってるだろうさ。どうせ君は、広島の婆さんの遠縁と言う事で管理こそ委されてはいても、いざ婆さんがくたばれば、柳子はもちろんの事、死んだ大旦那の縁者の舟木よりも発言権は薄くなるんだからな。舟木にとって目ざす敵は柳子とその後見してる私だ。私さえ追い出せば柳子はたかが女だてんで、ヘヘ、君あ舟木から抱き込まれたね?
浮山 舟木君の事なんかどうでもいいんだ。柳子さんは、さっき、書類一切と実印まであんたに預けたそうだな? 柳子が言ったから否やは言わせない。
若宮 ははん、そうか? 預かりましたよ。悪いかね? 金を三十万ばかり今夜中に拵えてくれと言うんだ。そいつは困ると言うと、そのカタに此処の家屋敷の公式の証書類一切と実印をあずける。後はなりゆきで、どう処理してくれてもよいと言う。ヘヘ、つまり事と次第でわしに権利一切を譲るって事だなあ。
浮山 金は、それで、渡したのか?
若宮 渡そうかと思って、掻き集めて見ているとこさ、こうして。三十万にゃ、すこし足りない。
浮山 柳子はその金でどうする気だ?
若宮 そいつは、わしの知った事じゃない。なんでも、此処を飛び出して、どっかへ逃げる気らしいね。
浮山 え、逃げる?
若宮 ヘヘ、あんたもボヤボヤしていると、とんだトンビに油あげさらわれる。気をつけた方がいいね。ヘヘ、ああ出て行きますとも。誰がお前さん、こんな化物屋敷にいつまでも居たい事があるもんか。出て行くよ。しかしねえ、あたしが此処から出て行くと、あと、どんな事になるか御承知でしょうね? ヘヘ……(ヘラヘラ笑っているのが、なんの気もなく廊下の方を見て、ギョッとして、口を開いたまま、言葉が出なくなる。あまりの変化に浮山もびっくりして、廊下の方を見ると、そこに須永が立っている。……間。凍りついたような一瞬。……須永は、遠慮っぽい態度で若宮と浮山を見ている)
若宮 わあッ! (と、いきなり飛びあがるや、腰を抜かしたように、両手をうしろに突いて、床の間の方へ、ワクワクとにじりさがりながら)……た、助けてくれ! 助けてくれ! こ、こ殺さないでくれッ!
須永 いえ、僕は、あの……(言いながら、無意識にあわてて、不当に自分を怖れる若宮の狼狽をとめにでも来るように入って来る)
浮山 須永君!
須永 どうか、あの、許して下さい。僕は、ただ――
若宮 助けてくれッ! 助けてくれッ! 殺さないで、殺さないで下さいッ! (さがって行った床の間の袋戸に手を突っこんで、もがいている)
須永 ……(その若宮の奇怪な姿を見ているうちに、微笑する。その微笑の中に、はじめて、何か残忍な憎悪の影が差す)……殺す?
若宮 殺さないで下さいッ! 殺さないで――(叫んでいるうちに、手にふれた袋戸の中の物を引き出して、スラリと抜いて突き出している。道中差しの日本刀。黒いサヤから引き出された刀身がテラリと光ってブルブルふるえている)
須永 ……あぶないですよ、あの――
若宮 あぶ、あぶ、あぶ……(歯の根が合わない。刀を須永に向って突き出したまま、眼は裂けんばかりに見開いている)
浮山 若宮さん! 須永君!
須永 ……(フッと我れに返って。浮山を見て)あの、モモコさんどこでしょう?
浮山 モモコ? モモコは、さあ、……、塔の上じゃないかな?
須永 そうですか。……(まだ何か言いたそうにするが、言わず、チラリと若宮に目をやってから、スタスタと部屋を出て行く)
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(間。……そのままジッとしている若宮と浮山。若宮は胸が苦しいと見え、左手で胸をおさえて、刀は握ったまま石のようになっていたのが、力を出し切ったと見えて、ゴロンと横に倒れる)
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浮山 ……若宮さん、どうした?
若宮 なあに。……ちきしょう、気ちがいめ! だから、一刻も早く警察に引き渡しゃいいんだ。ふう! ふう!
浮山 ……(それを見ているうちに、はじめてフテブテしくニヤリとして)あんたも、しかし、いいかげんにするがいいなあ。変な、あんた、慾をかいて、なにしていると、間も無くあんた死にますよ。
若宮 ふう! ヘッ! 嫌がらせかね? ヘヘ、(と息も絶え絶えだが、口はへらない)死ぬのは広島の婆さんで、わしじゃないよ。わしは、まだ百まで生きてるつもりだ。ヘ、婆さんが死んだとなると、この家屋敷あ、柳子とわしの手に転げ込んで、君なんざ、往来なかへ、おっぽり出されるからね。気がもめるわけさ!
浮山 知らないんだなあ。あんたはね、自分では腎臓が悪いと思ってるが、その腎臓よりも、しかしホントは心臓だと言うじゃないですか。ヘヘ、舟木さんが、この前診察した後で言っていた、心筋変性症とかのひどいので、梅毒から来た心臓の筋肉がどうにかなっちゃってるから、今度、発作が来れば、明日にでもゴットリだそうじゃないかね。
若宮 ヘ、なあにを言う! 香月先生なんざ、そんな事あ絶対に無いと言ってるぞ。博士だよ香月先生は。博士が、腎臓がチョット悪いだけで心臓のシンも言やあしない。その証拠に薬一服くれやしないんだ。ヘ、何を!
浮山 薬をのんでも無駄だから、くれないんだよ。舟木さんがそう言ってますがね。
若宮 その手を食うかい! とんだ道具はずれを叩いといて、その隙に場をさらおうと言う量見だろうが、ヘッ、三十年から株できたえた若宮を見そこなってもらうめえ!
浮山 その証拠に、たったあれだけ動いただけで、そうやって伸びちまっているじゃないかね。胸が苦しいんだろう? 悪い事は言わない、柳子の書類や実印は柳子に返してだな、ここを出て、どっかアパートにでも行ってくれる事だなあ。なんなら、私がアパートぐらい捜してやってもよい。あんたにゃ、房代と言う立派な娘さんも居るしさ。フフ、立派……とまあ、パンパンだって、これで、高級になれば今どきでは立派なもんだからね。娘を稼がせて、あんたあ左うちわじゃないかね。
若宮 大きなお世帯だ! この――(と、やっと起きあがって)そいで、浮山君、君はどうしようと言うんだ?
浮山 わたしは柳子を女房にして、ここで暮す。
若宮 ヘ! お前さんが柳子を女房に、どうして出来るね? 笑わしちゃいけません。知らねえと思っているのかね?
浮山 なにい! (立ちあがる。真青に怒っている)
若宮 ヘッヘヘ、ヘッヘ! なあんだ、来るのか? 柳子から、わしあ、なんでもかんでも聞いているんだ! ヘヘ、君がコーガン炎の手術の手ちがいで、そん時以来、男じゃなくなっている事まで知っていますよ。
浮山 ちきしょうッ! (若宮の方へ突進して行く)
若宮 (フラフラと立ちあがり、刀を振りまわす)来て見ろ、腎虚め!
浮山 野郎! (と、ポケットから掴み出した。センテイ用のスプリング・ナイフの、スプリングをパンと押して、ギラリとした刄を出す)
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(雙方で刄物を構えて立ちはだかる。……)
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モモ 叔父さん。……(いつの間にか、廊下の所に来て立って、細い首をさしのべるようにして、室内の様子をうかがっている)
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(浮山も若宮も睨み合ったまま、それに答え得ないでいる)
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モモ どうしたの、叔父さん?……

     18[#「18」は縦中横] 食堂

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(椅子にかけた私に向って織子が懸命に、ほとんど祈らんばかりに訴えている)
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織子 お願いです! あなたから、おっしゃって下さい。あなたから言われれば舟木は聞くかもしれません。いえ、聞かなくても、自分のしようとしている事を多少は控えるかもしれないのです。私は恐ろしくてもうジッとしていられないのです。
私 すると……しかし、あなたはこれまでズーッと舟木さんがそう言うつもりでいるらしいと思っていられたわけなのに、それでも今まで黙っていられたのに、今夜急に、そのジッとしてはいられない――で僕に言われると言うのは、どうして――?
織子 どうしてだか、私にもわかりませんの。不意に我慢が出来なくなったんです……あの須永さんて方を見たせいかも知れません。
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