その未亡人はもう九十歳に近く、戦争中に広島県の田舎に疎開したきり中風で倒れて口もきけず、寝たきりでいるそうで、三階建ての室数二十四五もある家が三カ所ばかり焼夷弾を食ったり自然の荒廃のためくずれこわれて、現在使える部屋は七つ八つになり、それでも外がまえだけは傲然とした姿で、東京郊外の高い台地の、後ろはかなりの崖になった広い庭園の、その一番奥に立っている。他に戦争中防空室に使っていた地下室と、それから、これは、元の主人の大官がなんの好みかわざわざ建てさせた塔が、三階の上に又二階位の高さにそびえていて、そのこわれかけた塔の上に昇って真下に見える後ろの崖の底でも見ると眼がまわりそうで、そこまでだと六階ぐらいの高さがあろう。まわりの庭園は荒れ果てている。
 この家に、家族にして四家族、と言うか五家族と言うか、九人の人が住んでいる。みんな良い人たちだ。三階で使えるのはこの部屋だけで、ここに私が一人だ。元の主人の書斎兼寝室で、英国製の、おかしいほどクッションの良いダブルベッドが作りつけになっている。二階には医師舟木さん一家と株屋の若宮さんの一家とそれから柳子さんが住んでいる。
 舟木さんは大きな公立
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