ないと言う。その他にも原因は見出せないそうだ。だのに、やっぱり息苦しい。空気の密度が次第に濃くなって来て、しばらく前までネバネバとしていたのが段々にそれは石か木のような固体にでもなったように、はじから齧りでもしなければ呼吸できないようだ。やがて次第に呼吸は短かく浅くなり、頭はモウロウと目はかすんで手も足も動かなくなるのだろう。戦争からはこうして生き残ったけれど、あれだけの大戦争であれだけたくさんの人々が死んだのだ。いずれはわれわれもこのままではすむまい。爆弾では死ななかったが、いずれは何かで殺されるのだろう。覚悟だけはしていよう。そう言ってお前といっしょに笑ったね。今も私は笑っている。浅い短かい呼吸の中でも笑えるのだ。
そうだ、もしかすると息苦しいのは、幾分はこの室のせいかも知れない。この家のせいかも知れない。
この家は、お前の最後の三月間を診てくれた舟木さんが、お前が死んで私一人あの海ぞいの家に取り残され家主から立退きを命じられ、行く先が無いのに困っているのを見るに見かねて、管理人に頼んでやるからと、連れて来てくれた家だ。今はもう亡くなった元満洲国の大官をつとめていた人の邸宅で、
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