瞳孔は散大してしまったのだ。既に何一つ見ない。しかしすべてを見ている。そして、ただ見ているだけだ。阿呆のように、ただ見ているだけだ。見えているものの意味をわかろうとはしない。この眼は既に「意味」に疲れてしまったのだ。この眼には、生まの荒くれた現実のひとにぎりが映るだけなのだ。だからもう私は芝居は書きたくないと同時に実は書けもしないのだ。意味のハッキリしない現実のコマギレだけを並べても芝居にはならぬからだ。そして芝居を書かねば金も入らぬ。金が入らねば追々には食う物もなくなり身体は弱って倒れるだろう。それもよかろうと思っている。そう思っても人ごとのように枯れくちて倒れた自分の死骸を冷たく眺めている私がいる。
ところで、なぜ私はこんな所に一日坐ったきりで、こんな事を考えているのだろう? もう暗くなって来た。ペンの先がほとんど見えない。スタンドのスイッチを押せば明るくなるが、明るくしても、しかたが無い。妙に息苦しいのだ。昨日や今日の事ではない。ズーッと息苦しく、段々それがひどくなる。どこか身体が悪いのかと四五日前に舟木さんに診察してもらったら、気管が少し痛んでいるが息苦しくなるほどのものでは
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