は、いいとしよう。ところが、そういう運動そのものが、既に次ぎに起り得る戦争の原因を拵えあげているじゃないか、戦争を喰いとめようとする努力そのものが戦争の原因になりつつある。そういう矛盾をお前たちは犯しつつある。もちろん、お前たちの反対の側の自由主義国の連中も、同じ矛盾を犯してるがね。
省三 違いますよ。自由主義諸国には積極的に戦争をしかけなければ自分たちの政治体系を維持して行けない内部的矛盾があるんです。一方の側は、それを受けて、つまり、やむを得ない防衛として戦争を考えているだけだ。
舟木 いや、仮りにそうだとしてもよろしい。そうだとしても、そう言う考えをも含めて、それがもう既に、そのもう一方の側の戦力の一部分に組み込まれている。それを俺は言っているんだ。
省三 じゃ僕らはどうすればいいんです?
舟木 ジッとしているんだね。
省三 ふ、なにもしないんですか?
舟木 僕は医者だ。或る種の病人には絶対安静を命ずる。
省三 すると僕は病人ですか?
舟木 奔馬性結核と言うのがある。初感染の患者に多いよ。お前は精神的にそれだ。出征するまで、まるでそう言う事は考えないで、戦争して、帰って来るや、いきなり、やられた。
省三 ハハ、ハハ!
舟木 それに、或る程度の分裂がある。
省三 得意のフロイディズムですか。アッハハ!
舟木 笑おうと笑うまいと同じ事だ。分裂者は分裂に気が附かない。気が附けば、附いた瞬間から、それは治る。お前が政治的な又は思想的な運動の中で犯している矛盾も、お前が実生活の上で犯している矛盾も、同じさ。たとえば学資だ。僕は、お前がおとなしく勉強してくれて、とにかく大学を卒業して、左翼をやろうと思ったら、それからなら好きにやったらいい、それまではそんな事しないで勉強してくれれば、僕は病院での仕事をもう少しふやして金を余分に取って、それをお前の学資にまわしてよいと言ってる。だのにお前は運動をよさない。僕が余分に稼いでお前に廻せば、僕は間接にお前たちの政治活動を助けることになる。それは僕はイヤだ。だから金はやれない。するとお前はアルバイトしたり、血を売って、その金で食って、勉強そっちのけに、政治運動に駆けまわってる。その、輸血協会に血を売る、それがそうじゃないか。血を売った金で食って、食って出来た血を売る。食うために売るのか、売るために食うのか。メシを食っている時など、妙な気持になる事は無いのか?
省三 ハハ、アッハハ、ヘヘ!
舟木 その矛盾に気が附いていればいいんだ、自分が、気が附いていれば、分裂じゃない。病気じゃない。
省三 ヘヘ!
舟木 気ちがいは笑うよ。
省三 ハハ、ヒヒ、アッハハ……(その笑い声の尾の所でヒー、ウーと泣き出している)
織子 省三さん、もうあなた――(省三の肩に手をかける)
舟木 (その弟の姿をジッと見ていてから)……お前の苦しいのは、多少わかる。……だから俺あ言ってるんだ。もっと落ちついてくれ。三階の先生も、こないだ言ってたろう、第三の道が無いわけではない。俺は医者で深いことはわからんが、第一の道でも第二の道でもない、だな。それを見つけるには先ず落ちつく事だ。お前はちっとあの先生とでも話して見ることだ。
省三 (織子の手を不愉快そうに振り切って立ちあがる。涙の流れた顔をゆがめて再び笑う)ヘヘ! おかしいですよ! 矛盾は知ってるんだ。血を売ったって、しかし、心臓を売ったって、しかし、おれたちは叩き倒さなければならん奴らを叩き倒して見せる! 見ていろ! どうせ戦争で捨てた命だ。理屈じゃ無い、憎くて憎くて、俺あ憎くてたまらないんだ! ヘッ、兄さんみたいなニヒリストに何がわかるか!
舟木 ニヒリストじゃないよ俺は。俺はこれでも医学という科学を信じている。……お前はもっと自分に素直にならなきゃ、いかんよ。無理が多過ぎる。たとえば――そうだ、お前は若宮の房代さんを、まるでダカツのように嫌ってるが、なぜそんなに嫌うんだ?
省三 嫌いだから嫌いなんですよ! 腐れパンパン! ペッ! ゲェ!
舟木 ホントにそうかね?
省三 ホントですよ。なぜそんな事言うんです? あんな女は戦争が生んだ悪の中でも一番下劣なウジのようなもので、あれにくらべると食って行くだけのために有楽町などに立っている連中は、まだ清けつだ!
舟木 いや、それならそれでいいが、僕には必らずしもそう思えないからだ。青年は青年らしい恋愛の一つもする事だ。そうなったら、そうなった自分をアッサリ認める事だ。房代さんの事には限らない。一事が万事で、自分に対して嘘ばかりついていると――
省三 ヘッ! 兄さんだって、じゃ自分に嘘をついていないと言えるんですかね? なんじゃないですか、兄さんはどうしてこんな家にいつまでもトグロ巻いている? 病院にゃチャント宿舎があるのに、わざわざ
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