一人よがりのフロイディズムで切り込んで行ける所までだ。ホントは須永君は復讐したんだ。おれたちの前に立ちふさがって、俺たちを押しふせようとするものを、わきにどけただけなんだ。そうだね。須永君?
須永 君の言うことも、(舟木に)あなたの言う事も、どっちもわかりますけど、自分がどうだったのか、僕にはハッキリしない。頭が痛い。もうかんべんして下さい。
私 私の知りたいのは、そんな事よりも、須永、君は、その最初にどうしてその、あい子さんと一緒に死ぬ気になったの? 互いに好きなら結婚するなり、又、あい子さんが結婚はいやがっているなら、それはしなくても、なぜ死ぬ気になったの? そこの所が私には一番わからない。
須永 ああ、それなら僕にはハッキリ言えます。息がつけなくなったからです。呼吸が苦しくて、窒息しそうになったんです。ピストンは段々、段々に押されて来る。空気は狭くなり圧力を増し、熱して来る。二度と鉄砲を持たされるのはイヤだ。右の足も左の足も、足の裏からジリジリと焼けて来る。どこにも立っておれる所が無い。宙にぶらさがる事は出来ない。逃げ出さなければならない! 脱出! 脱出しないと、歯車はギリギリと、もう既に廻っている。煙硝の匂いがまだ消えないのに、原子爆弾は二千個に達した。イエスと言ってもノウと言っても、どちら側かに組み込まれている。第三の場所は無い。殺すまいとする事が、殺さざるを得ない原因になる。平和に近づこうとすると戦争に近づいてしまう。生きようとすると、死ななければならん。生きているものは、生きたままで死骸の臭いを立てはじめた。ハハ、矛盾の大きさは、悲劇ではなくて喜劇になってしまった! こっけいになったのです。笑いながら、僕は崖を飛び降りただけです。窒息しそうになったので、壁を僕は押しただけだ。
省三 わかる! そうなんだ! 窒息だ! 戦争が又はじまろうとしている! このままで行けば俺たちは、みんな窒息する! (言って、スーッと房代のわきへ進んで行き、いきなりしっかりと抱いてキッスをする。そのままで、いつまでも離れない)
私 それで、今は君は自由に呼吸が出来るのか?
須永 僕はもう呼吸をしません。だから自由ですよ。あなた方も、殺して見ればいいんだ! ハハ! ハハ! (さわやかに、少しも皮肉の味無しに笑う)
私 よろしい! 君は、もう出て行きたまい。
須永 出て行きます。ピストルをください。(私からピストルを受取る)モモコさん、行かない? (モモコの手を取って階段の方へ)
モモ うん。
須永 (階段の上に立ちどまって)生きると言う事は、殺すという事ですよ。あなた方は、みんな死んでいるんです。
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(モモコの手を取って上へ消える。残った一同は、須永の最後の言葉と共に、実際に死んでしまったように、全く動かなくなる。それは、ちょうど一撃のもとに全員が蝋人形になってしまったかのようである。……そのままで時間がたつ。次第に暗くなって来て、しまいに私だけを光の中に残して、他は全部見えなくなってしまう)
[#ここで字下げ終わり]
私 (冷たい、しっかりした、低い声)しかし、私は生きて行くだろう。いや、今こそ、生きて行く。これまでは生きてもよければ死んでもよかった。しかしこれからは生きて行く。私も窒息しかけている。私の身体は足の方から膝、腰、腹、それから手、肱、肩と、だんだんに冷えこみ、しびれて来ている。われわれは死にかけている。だから、生きるのだ。だから生きて行けるのだ。ホントは生とは、かくのごときものだ。足元を死にひたされている故に、生は生なのだ。散って落ちれば花びらは泥になる故に、花は花なのだ。その先っぽが死につながっていなければ生は生ではない。……窒息は近づいている。それは必ず来る。望みはない。だから生き得るのだよ。だから生は在り得る。須永は窒息の不安に押し倒されたのだよ。私も不安だ。しかし押し倒されはしない。感情無しに、冷たく、それを眺め、迎える。窒息が最後に私のノドモトを掴みとるまで、私は私の歌を歌う。須永は恋愛をして、生の中の一番の生に触って見て、もう生きていられないことを悟った。私はお前の死と、そして今須永の死とに触って見て、生きて行くことを知った。私は冷たい鋼鉄のように生きるであろう。お前は私から立ち去って行きなさい。安心して私のそばから離れて行きなさい。私には私の闘いがある。私が私の闘いを残りなく闘い抜いた道の果てに立って私を待っていなさい。そこで私はお前に逢おう。……もう間もなく夜が明けるだろう。今日の夜明けから私は昨日までの私ではないだろう。生きて行くことを知ったからには、そして生きて行かなければならぬものなら、進んで生きよう。私は身体をもっと大事にしよう。仕事も始めようと思う。ピストンのチューブの中にも自
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