な。
房代 揚げてあると、なんでもフライだって言うの。織子さんのフランス料理の腕が泣いてよ。
若宮 でもフライなんだろ。ハハ! (セトモノのカケラを打ち合せるような、短い断ち切るように笑う癖。織子に)フランス語では、じゃフライは何と言うんですかね?
織子 ホホ、ようござんすよ、フランス料理ってほどのものではございません。
若宮 ございませんか。(と既に上の空で相手の言葉は聞かないで、皿のわきに開いて置いた手帳に向ってソロバンをパチパチはじいている)ううむ、と……。
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(その様子を房代は舌打ちするような軽蔑の顔で見るが、織子も浮山も馴れているため、格別の反応は示さぬ。……柳子と桃子が同じドアから入って来る。柳子はわざと黒っぽい絹の和服にくし巻の髪。ひどく若く三十三が二十五六にしか見えない。桃子は黒のスェータアにネーヴィ・ブルーのダブダブのズボンで、ポカンと開いたままで見えない両眼だが、盲人らしいオドオドした所は無い。ピンとした身体つきが少年のようだ。片手に銀の笛)
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織子 どうぞこちらへ柳子さん。
柳子 はばかりさま、すみませんわね。そらモモちゃん、こっち。(桃子の背を抱き、椅子を引いてやってかけさせ、自分もその隣りの席につく)
浮山 モモコ、また柳子小母さんとこにおじゃましてたのか?
モモ ううん、小母さん迎えに来て下さったの。
浮山 なんだ、すると又塔に登っていたのかい? いかんなあ、こんなに言っているのに。
柳子 でもね、モモちゃんは平気よ。危いのは私たちの方ね。なまじ眼が見えるもんだから、足がブルブルしたり。
浮山 ですから、ですよ。人さまに、この――
柳子 それよ、あすこに登ると良い景色。遠くの空の色が、今時分になると、あれは何と言えばいいのかしら、広重のなんとか――あら、ごめんなさい、モモちゃんには見えないわね。
モモ ううん、見えるよ。
房代 あら、じゃ、だんだん見えるようになって来たの?
モモ ううん、そうじゃない。けど見える。
浮山 とにかく、黙って登るんだけはもうよしてくれないと。
舟木 皆さん、今晩は。(言いながら別の出入口から入って来る。キチンと背広を着て、医者と言うよりも学究と言った人柄)
織子 あなた、ここへ。
舟木 うん。やあ、御馳走だな。
私 ……(ドア口から入って来て一同にえしゃく)
舟木 (それに向って)こっちへ来ませんか。どうです工合は?
私 ありがとう。ええ、まあ。……(微笑しながら、舟木のそばに掛ける)モモちゃん、今晩は。
モモ ああ先生、今晩は。
舟木 (浮山のまわした夕刊を開きながら)織子、省三はまだ帰らないのかね?
織子 ええ、今日はアルバイトの日だから。でも、もう間も無く帰って来るんでしょ。
舟木 アルバイトならいいがねえ。こんなふうな事に又参加してるんじゃないか?
織子 なんですの?
舟木 大学生と警官の衝突さ。
織子 (夕刊をのぞき込みながら)でも近頃ではオマワリの方でも随分横暴なことをするようよ。
房代 近頃じゃ共産党の乱暴と人殺しの記事ばかりじゃないの。そら、ここにも、弟殺し、そいからここにも、三人殺し。イヤだ! どういうんでしょ?
浮山 そういう時代なんだな。
私 モモちゃん、フルートは上手になったの?
モモ ちっとも。息が私、つづかないから。
私 でも、ホントに好きなんだね。いっときも離さない。
柳子 そうなんですよ。だからこれでいいんですよ。芸ごとと言うのは、そのお道具を自分の身体に年中ひきつけていて離さないようにしてりゃ、いいの。あたしがその内、立派な先生をめっけてあげる。
モモ うん。……(ニコニコしている)
若宮 (それまで他の一同に関係無くソロバンを入れては手帳に数字を書きこんでいたのが、計算がすむと、それをサッサとポケットにしまいこんで)さあて、いただくか。(と箸を取って、一同を見まわしてキョトリとして)どうしました?
織子 どうぞ、召上って。
若宮 そうだ、房代、ウィスキイがまだ有ったっけ。出しておくれ。
房代 でも、後になすったら。皆さんに悪いわ。
若宮 なにが? だってホンの一杯飲むだけの――なにもお前、ここは自由主義なんだから、(私に)ねえ先生。
房代 それに、織子さんに悪いわ。
若宮 どうしてさ? お祈りは、なすったらいいじゃないか。(ノコノコ立って棚の上をキョロキョロさがして、ウィスキイのびんとコップを二つ三つ持って元の席へ)……ねえ奥さん。
織子 ええ、ええ、どうぞ御遠慮なく。
若宮 ハハ、そうれ見ろ。一つ、いかがです。(自分と私と浮山の前にコップを置いて注ぐ)カナダの何とかって、そんなに悪くはありませんよ。
私、ありがとう。
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(その間に、織子は食卓の隅で、眼をとじて短かい
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