食前の黙祷をする。他の者は静かにして祷りの終るのを待ってやる)
[#ここで字下げ終わり]
織子 (祷り終って)あら、困るわ、どうぞ皆さん、おはじめんなって。
若宮 ハハハ、こりゃ、うまい、このフライは。(もう食べている)
柳子 いただきます。(桃子にも箸を持たしてやる)
モモ ……いただきます。
柳子 あら、おいしいわ。モモちゃん、こっちのこれ、食べてごらんなさい。
浮山 (ウィスキイを飲み、料理を食う)うん、こりゃうまい。
柳子 こんなうまい物いただいて、今週はありがたいけど、来週は私と房代さんの当番なんだから、怖いな。ねえ、房代さん。
織子 あら、そんな事ありませんわ。柳子さんのお吸物なんか、あんた、今じゃ一流の店へ行ってもいただけない。
若宮 そりゃそうだ。きたえ込んだ、あんた、これで舌だもん。ハハ、そちらさまはお困りだろうが、われわれの方は、これで、今週はフランス料理、来週は日本料理と言うわけで、ありがたいわけ。ねえ舟木さん。
舟木 だけど、若宮さん、ウィスキイはそれ位にしとかないかな、さわるといけない。
若宮 だって、日本酒じゃいけないが、ウィスキイなら良いんでしょ?
舟木 いや、そりゃ、極く少量なら日本酒ほど障りにならんと言うだけで積極的に良いと言うわけじゃない。
若宮 先生はけんのん性なんだなあ。そりゃお医者としては用心第一にこしたことは無いんだろうけんど、連盟の方に来ている香月博士なんぞあたしの腎臓なんぞ簡単な物理療法で治せる程度の、なあんでもないと言いますよ。
舟木 そりゃ、そうかも知れんけど、でも、たしかその香月さんと言う方は外科かなんかで、専門ちがいの……いや、とにかく、一度なんだな、チャンとした医者で本式に診てもらった方がいいと思いますがねえ。
房代 あたしも始終そう言うんですけど、昔っからお父さんはお医者には絶対にかからないんですの。そのくせ拝み屋さんなどの言う事は聞くんです。連盟のその香月さんと言うのも結局指圧療法の先生みたいな。
若宮 ハハ、お前などに何がわかるものか。医者にかかろうとかかるまいと人間は死ぬ時は死ぬし、死なない時はぶっ殺しても死ぬもんじゃ無いさ。第一、株屋と言った、つまり勝負師がですな、イザと言うセトに、たかが腎臓だのションベン袋だのを気にしていたら――
房代 まあ、お父さん!
若宮 う? あ、こりゃ失礼。ハッハ、ハハ。
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