(それに向って)こっちへ来ませんか。どうです工合は?
私 ありがとう。ええ、まあ。……(微笑しながら、舟木のそばに掛ける)モモちゃん、今晩は。
モモ ああ先生、今晩は。
舟木 (浮山のまわした夕刊を開きながら)織子、省三はまだ帰らないのかね?
織子 ええ、今日はアルバイトの日だから。でも、もう間も無く帰って来るんでしょ。
舟木 アルバイトならいいがねえ。こんなふうな事に又参加してるんじゃないか?
織子 なんですの?
舟木 大学生と警官の衝突さ。
織子 (夕刊をのぞき込みながら)でも近頃ではオマワリの方でも随分横暴なことをするようよ。
房代 近頃じゃ共産党の乱暴と人殺しの記事ばかりじゃないの。そら、ここにも、弟殺し、そいからここにも、三人殺し。イヤだ! どういうんでしょ?
浮山 そういう時代なんだな。
私 モモちゃん、フルートは上手になったの?
モモ ちっとも。息が私、つづかないから。
私 でも、ホントに好きなんだね。いっときも離さない。
柳子 そうなんですよ。だからこれでいいんですよ。芸ごとと言うのは、そのお道具を自分の身体に年中ひきつけていて離さないようにしてりゃ、いいの。あたしがその内、立派な先生をめっけてあげる。
モモ うん。……(ニコニコしている)
若宮 (それまで他の一同に関係無くソロバンを入れては手帳に数字を書きこんでいたのが、計算がすむと、それをサッサとポケットにしまいこんで)さあて、いただくか。(と箸を取って、一同を見まわしてキョトリとして)どうしました?
織子 どうぞ、召上って。
若宮 そうだ、房代、ウィスキイがまだ有ったっけ。出しておくれ。
房代 でも、後になすったら。皆さんに悪いわ。
若宮 なにが? だってホンの一杯飲むだけの――なにもお前、ここは自由主義なんだから、(私に)ねえ先生。
房代 それに、織子さんに悪いわ。
若宮 どうしてさ? お祈りは、なすったらいいじゃないか。(ノコノコ立って棚の上をキョロキョロさがして、ウィスキイのびんとコップを二つ三つ持って元の席へ)……ねえ奥さん。
織子 ええ、ええ、どうぞ御遠慮なく。
若宮 ハハ、そうれ見ろ。一つ、いかがです。(自分と私と浮山の前にコップを置いて注ぐ)カナダの何とかって、そんなに悪くはありませんよ。
私、ありがとう。
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(その間に、織子は食卓の隅で、眼をとじて短かい
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