全体この、株式の極意はだな――いや、いや、いや、金なら、いくらでもあげる。もう金はいらん。金なら全部あげる。その代りに、聞かせてくれ。どう言う事なんだ? いえさ、そう出しぬけに君、殺生じゃないか! なんだい全体、え?
須永 ……(言葉はよくわからないが、そう言いながら迫って来る若宮の、全身をワナワナとふるわせながら追求して来る鬼気のようなものに押されて、ジリジリとさがる)許して下さい。僕はなんにも知らないんです。
房代 お父さんっ!
若宮 あ? お豊か? お前どうしたんだ?
房代 私、房代よ、お父さん! しっかりして!
若宮 ……げんきゅう寺の坊主が言ったぞ。一に非ず二に非ず、一にして二なり。是に非ず彼に非ず、是にして彼なり。無。……無たあ何だと言ったら、売った! と手を振った一瞬間だと言ったな。戦争まえ山桝の親父が、株屋は禅をやらなきゃいかんと、引っぱって行かれた。なに、なまぐさ坊主だ。説教の後は、いっしょに芸者買いに行きやがる。……無だと? 冗談言っちゃいけねえ。死ぬんだぞ私あ! どうしてくれる? え? なら、なぜ生れて来たんだ?
須永 ……(困り果てて)そんな、そんな事言ったって僕あ――だけど、死ぬのは、そんなに怖くないですよ。あの、なんでもないんですよ。夢みたいに、あの、夢がヒョッとさめる時みたいです。……大して、苦しくもないですよ。あい子のお父さんだって直ぐ、なんでもなくスット死んで――僕がこんなふうにして、バンドを廻してですね。(言いながら、バンドでではなく、腕で若宮の襟の奥を掴む)こうして、チョットあの――(腕に力を入れかける)
私 ……(寄って行き、その腕を離させる)須永!
若宮 (叫ぶ)しめてくれ! 頼むから、ひと思いに、しめてくれっ! 助けてくれ! 殺してくれ! たまらない! たたた、たまらないっ! わーっ! ヒーッ!(ノドも叫けんばかりに絶叫して、房代の肩の上にくずれ落ちて、倒れる)
房代 お父さんっ!
舟木 そっとして置くんだ。鎮まれば、いい。
織子 あなたが、こんなふうになすったんだわ!
舟木 まだ言うかね? 仮りに、そうだとしても、それが何だ? こんなふうに人間は出来ているんだ。お前の神さまは人間をこんなふうに作ってしまったんだよ!
私 もう、よい! よしたまい! (はじめて叫ぶ。しかし昂奮したためと言うよりも頭がハッキリしたためである。
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