のである。
「だつて、あんた、さうぢやありませんか! こいだけの店を張つてさ、そいで、やつとおとくいさんも出来たと言ふのは、なかなかの苦労ぢや無かつたんですよ! 食ふや食はずで、こうして四年近くと言ふもの、なんの為めに働いて来たんですよ! それを、三百や四百の権利金でもつて、たつた今立退いて呉れだなんて! 立退料ともで、たかだか五百円ですつて? へん! いくら先方は金が有つて、食堂だかデパートだか、なんだか知らないけれどもさ、そんな、そんな乱暴な話つて有るもんか! 此処を立退いたら私達親子六人、なんで食べて行くんです! 四百や五百、アツと言ふ間になくなりますよ、ほんとに! 先方は金持だかなんだか知らないけど、そんな話あ、極道だよ! 極道が此の世で通ると思つて居るのか! ほんとに、馬鹿にしやがつて!」
唯ならぬおかみさんの見幕に驚いて僕は直ぐに店を出たから、なんの事やらそれ以上わかりやうはなかつたが、すると此の辺を誰かが買収にでもかかつているのかと思つたものだが、あれから十日と経たないのに、現に此の洋品屋もなくなつてしまつて、跡は戸をおろして釘附けにでもすることか、殆んど開けつぱなしの
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