こから2字下げ]
客二はニヤ/\してそれを見送つてゐる。ところが忽ち、表でワツと人の声。往来の方から此の店めがけて小走りにやつて来た洋服で小さいカバンを下げた四十六七の紳士(白木軍八郎)が出合頭に客一にぶつつかられて、はね返りさうになつて挙げた声だ。客一は、しかし倒れさうになつてもウンともスンとも言はず逃げ去つて行く。白木は驚いて、その後姿をチヨツと見送るが、なにさま、これもあわててゐると見えて、階段の方を見てそちらへ行きさうにするが、思ひ返してバアのドアを押して飛び込む。
[#ここで字下げ終わり]
白木 井伏さん! 鉄造さん! (客二を見て)やあ、ええと井伏さん! 居ないのかね、鉄造さん! (奥から鉄造が出て来る。チヨツと見ぬ間にシヤツは乱れ、顔はみみずばれだらけになり、手の平でにじみ出す血を拭いてゐる)全体、君、どうしたんだ! え?
鉄造 白木さんですか。へえ、どうもねえ、ヘヘヘ。
白木 困るね、勝手に人夫を二階にあげたりなんかして……君やお辻さんは、私の言ひ付けるだけの事をやつて呉れりやいいんだ。(頭で天井を示して)相手が相手だぜ、また曲られたら、この上どうなると思つてゐるんだ。
前へ 次へ
全64ページ中38ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング