やつて来たのがさ。
彦六 (酒を注ぎながら)私あまた、お前かと思つたよ。
お辻 え? なんですつて?……ぢやなんですか、白木やなんかと、私が腹を合せてなにしてると?……
彦六 さうぢやなかつたのか、ハハハハハ。
お辻 いい加減にして下さい、冗談ぢやありませんよ。ほんとにあんたもぼけましたよ。……(飲んで返杯して注ぎながら)然し、とにかく、かうなれば、もう此の辺が潮時ぢやありませんか。
彦六 出すものの耳を揃へりや、いつでも退くさ。
お辻 へえ、まだそれを思ひ切らないんですか?
彦六 思ひ切るも切らぬもない、はじめから此方あおとなしい話をしてゐる。此の辺の店なら、たとへ屋台位の店にしたつて、二千や三千の権利金なら、通り相場だよ。この店を五千円と言ふのは、よくよく此方で泣いた値だよ。
お辻 だつて、よそぢや、大概千円以下で手を打つたつて言ひますよ。
彦六 彼奴《あいつ》等は、はじめはみんな結束して一軒あたり五千以下ではテコでも動かないと言つてゐた。それが要求してゐた額の十が一にも足りない金でもいよいよ現ナマの面を見るとコソコソコソとしつぽを巻いて居なくなつちまふ。全く風上にも置けない連中だ
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