り]

ミル 駄目! そこん所、もう一度!
修 失敬、四小節戻るぜ。(弾き直しながら唄ふ)
ミル (踊る)さう! キツクをもつと強くよ! ハイツ! (三人そろつて踊る)もつと、テンポをあげて!
修 うん……(又、まちがへる)
ミル なにをぼんやりしてんのよ! あんた、今夜どうかしてるのね、修さん!
修 失敬々々! もう間違へないよ。あのう……
ミル 間抜けつ!
お辻 お稽古となると、まるで気違ひだねえ。ハハ……
ダンサー一 ミルさんは小屋でだつて、さうよ。
ダンサー二 振付けの先生の手に噛み付いた事あつてよ。
ダンサー一 先生さう言つてた。正宗は怖い、まるで人が変つてしまうつて。
お辻 なに、親ゆづりだ。お父つあんにそつくりなんですよ。
ミル よけいな事言はなくていい。(修に)どうしたのさ、え、あんた?(詰め寄る)あたし達を、おちやらかす積りなの?
修 ち、違う! そんな、君――
ミル あんたも商売人ぢやないの? 商売をしてんだろ? 遊び事をしてるんぢやないわね? 芸人なら芸の事になりや、シラ真剣の筈だ。
お辻 修さん、どうか腹を立てないでね。(ミルの方へ)ミルさん、いくら仲がいいたつて、少しは言葉を慎しむものよ。大体お前さん達が頼んで来て貰つてるんじやないか。それに、修さんだつて、小屋がハネてから来てるんだから、くたびれてんだよ、もう何時だと思つてゐるの?
ミル 口出しをしないでゐて頂戴、お辻さん、あんたにや、わからん。
お辻 さうかねえ、ふん、さうでせうよ、どうせ私あ、ゲーム取りあがりの、なんにも解らない女さ、さうさ、お妾ですよ。
ミル それがどうしたの?
お辻 お妾だからお妾だと言つてるんですよ、でもこうして鐚《びた》一文貰へないお妾さんも、まあ珍しいだらうね。大体私が好きこのんでこんな風になつたと思つているの? へん三多摩自由党の生残りだか何だか知らないが、ミルさん、あんたのお父さんなんて言ふ人はね――
ダンサー一 今夜はもう、これ位で止さう。
ダンサー二 疲れちやつた。
ミル さう? 帰りたきや帰つたらいい。私は、稽古がスツカリ済む迄は、どんな事があつても止さないよ。
修 俺が悪かつた。ぢや、今んとこ始めつから行くよ。(弾き出す)
ミル よし、ワン・ツー・スリー!
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三人再び踊りはじめるが、又忽ち修が手を間違へ、ハツとして球台を降りて、ミルの方を見る。ミルは修を睨んで立つ、――やにはにキユー台からキユーを掴み取り、振りかぶつて、修の方へ迫つて行く。びつくりしてダンサー二人がそれを押し止める。
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ダンサー一 何をするんだよ、ミルちやん。
ダンサー二 ばかなこと、およしつたら。
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ダンサー二人が、ミルの手からキユーをもぎ取る。ミルはキラキラ光る眼で修を睨む。
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修 ……こらへて呉れよ! (奥の下方、窓の外を指差して)前の往来を先刻から、変なのがウロウロしてるもんだから、つい気になつちやつて――
お辻 へえ、なんなの? (立つてスリツパを穿き、窓の方へ行く)
ダンサー二 (キユーをキユー台に戻しながら)向うの角にも二人立つてゐる。あゝ此方を見てるね。
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ダンサー一もミルも窓へ行く。
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修 よく見えないけれど、十人以上はたしかにゐるよ。
お辻 なに、その辺のルンペンさ。残飯貰ひに夜歩きをしてゐるんだ。
修 だつて、それなら、此の家のまはりだけをウロウロする筈はありませんよ。
ダンサー一 気味が悪いわ、私、早く帰らう。ね、タカちやん!
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球台の上に脱ぎ捨ててあつたワンピースをドンドン着る。ダンサー二も急いで仕度する。
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ミル いけないよ。未だ済まないぢやないの!
ダンサー二 だつてもういや。マゴマゴしてゐると、なにされるか判りやしない。
ミル なにさ! ルンペンなどにビク/\してゐて、ここいらに住めると思つて? 馬鹿々々しい。
ダンサー一 そりやア、ミルちやんは帰らなくともいいから強い事が言へるけど……
ミル ぢや、泊めたげる。やる所まではチヤンとやつちま〈お〉うよ。
ダンサー二 唯のルンペンならいいけどね。
ミル ぢや、なにさ? (又窓を覗く)あたしが追つ払つて来てやる。
修 よせよ、危い。それに先方がなんにしろ、往来を歩いてゐるのを、ハタからどつか〈へ〉行つちまへとも言へやしないぢやないか。
ダンサー一 そりやアさうだわ! ぢや、あたし、帰ろウツと!
ダンサー二 でもいやだなあ、二人きりで出て行くの。
ミル それごらん、弱虫! イーだ。
ダンサー二 そんな意地の悪い事言はないで。ぢや、田所さん、一緒に帰つてよ、ね。どうせあんたも帰るんでせう。
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