修 あゝ。
ミル だめだよ、修さんにはまだ弾かせるんだから。
ダンサー一 フーンだ。あとで二人きりで、気分を出さうつて、言ふんだらう? みんな知つてゐますやうだ。
ミル 引つ掻くぞ。(でも耳の附根を赤くして、てれて笑つてゐる)
ダンサー一 よきぢやねえ!
ミル 早く帰つちまへ。
ダンサー二 でも困つたなあ、ぢや修さん、ホンのそこ迄でいいからお願ひ。
ミル チエツ、仕方がない、僕が駅んとこ迄、行つたげる。(すばやくワンピースをかぶつて着る)修さんをやると、なんだかだと言つて又連れてつてしまふから。
ダンサー一 ミルが焼きます。(と言つといて逃げ出す)
ミル 此の、馬鹿ヤロヤイ! (片手で洋服を引つぱり下げながら小犬の様に相手に飛び附く)
ダンサー一 さ、行かうつと。さいなら。(ドアを開けて消へる)
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ミルとダンサー二も一緒に肩を組み、ふざけながら外へ出て行く。ドアが開くと、階下のバアで鳴つてゐるレコードの音楽と歌が、急にハツキリと聞こえて来る。
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修 (窓から往来の方を見おろしてゐる) ……あ、来た!
お辻 なんですつて?(窓へ寄る)
修 今、向うの軒下から一人スーツと出て来たのがゐるんですよ。
お辻 ルンペンよ。あんたも神経質ね。フフ、色事の一つもしようつて言ふ良い若い者が。(横眼で田所をジロジロ見てゐる)
修 此の家の事で、何か始まるんぢやありませんかねえ?
お辻 なあに、この近廻り、空店が、十何軒も出来てるでせう。そこへもぐり込んで寝てやらうと思つて、人気の無くなるのを待つてゐるのよ。
修 もう間も無く此処は取壊しになるさうですね?
お辻 うん、跡に直ぐ、松本てえ人が大きな食堂を建てるんですつてさ。なんでも鉄筋コンクリートの三階建だつて。お金の有るのに逢つちや、かなうもんかね。
修 そりやさうだけど、でも随分無茶だなア。
お辻 だつて、みんな権利金や立退料が一度にドカツとはいつたら、結局、その方が得なんですよ、こんな目抜きの場所を、腐れかかつた小売店がふさげてゐると言ふ法はないよ。どうせみんなデパートに押されて、儲かつて行つてる家なんぞ一軒だつて有りやしないんだもの。
修 でも永年苦しんで店を張つて売り込んで来た信用と言ふものも有るだらうし、とにかくそれで食つて行つてたんだから……
お辻 (かぶせて)喧嘩面になる方が損さ、内の旦那なぞがそれですよ。はじめに、この建物中、全部で十三軒、これこれの事を先方でしなければ立退くまいと申合せをした際に、どうか代表者になつて掛合ひをやつて下さいと一言言はれたので、好い気持になつちやつて、わざ/\寝ちまつたりして頑張つてゐるんだからね。かんじんの頼んだ方ぢや、とうの昔に金を掴んで立退いちまつたのに! いい恥さらしだ!
修 だけど僕には此処の小父さんの気持は解るなあ。
お辻 なあに、意地になつてるんですよ。なんとか言やあ、むかしあばれてゐた時分の気になつてさ。まるきり、三多摩自由党の幽霊と言ふとこさ。
修 僕にはさうは思へないなあ、早い話が、これだけにやつてゐた店を叩き出されて、あと直ぐ、どうして食べて行けるんです? ミルちやんだつて、まだいくらも取つちやいないし――
お辻 そんな事まで私が知るもんですか……。(話しの間にジリ/\修の方に寄つて居たのが、フイと畳敷きの方へ三四歩行き、カーテンをジツと見る)……おやすみだ、フン、(低い声)……ねえ、修さん。
修 な、なんです?(相手の調子が急に違うので、びつくりしてゐる)
お辻 あんた、ミルの事、ホントに好きなの?
修 え? な、なんですか?
お辻 (肉の豊かな腰をユラユラさせる歩きつきで、修の傍へ)……いえさ、私だつて、かうしていれば、まあ、ミルの母分よ、でせう?……。気になるからさ。
修 そりや、なんです。す、好きです、非常に、僕は……
お辻 フフフ、非常に、か。さう? 非常に?
修 よ、弱つたなあ。
お辻 さう、母分は少し可哀想だつたわね。姉分。これでもまだ若いのよ、いくつ位に見えて、私?
修 ……(困つて壁の方へペツタリとくつついて)僕には女の人の歳はどうも……
お辻 (身体を修にこすりつける)言つたわね、えゝ、どうせ私はお婆さんですよツ。……ミルは、やつと十九、手も足もまだコリコリ固くて……フン。まだ綺麗なんでせう、あんた達?
修 え?
お辻 綺麗な附合いでせうつて、言つてるのよ。
修 そ、そんな、勿論です。僕、その内チヤンと此の方の小父さんにお願ひして、さう思つて――
お辻 あゝ酔つた。(片手を上げ、二の腕の辺まで覗かせて髪を掻く)おゝかゆい、私はね、修さん。
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修は殆んど怯えてしまつてゐる。カーテンの蔭でクスクス笑ひ出す声、お辻稍々ギヨツとして、カーテンの方を
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