)あんな事を白木さんに言つて貰つちや困るぢやありませんか!
彦一 悪かつたかねえ?
お辻 不意に帰つて来て、事情もなんにも知らない癖して、何だよ、ほんとに……
ミル 兄さん、もう何処へも行つちやいけないよ。
彦一 いや、俺あチヨツト寄つて見ただけだ。さういふわけにやいかねえ。
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お辻、小走りに階下へ去る。あと親子三人、互ひに見合つてゐる。――間――
[#ここで字下げ終わり]
彦一 父つあん……随分久しぶりだなあ。
彦六 (噛みつくように)どつからうせやがつた?
彦一 ひでえ事になつたもんだ。ハハ、どつか悪いのか?
彦六 貴様、又この辺をウロ/\してゐやがると、向ふずねを叩き折つてやるぞ。(足を踏みしめて立つて来る)
彦一 だが、よくこれまで頑張つたねえ。
彦六 利いた風な頤をたたくかつ! 貴様、この家の事件をどこかで聞きこんで、一口割込まうと思つて来やがつたんだらう。
彦一 何を云ふんだ! 俺あ、宵の中に府中から出て来たんだが、何だかバツが悪くて階下でマゴマゴ待つてゐる間に、はじめて話を聞いたんだ。
彦六 何を出鱈目言ひやがる、出来そくないめ!
ミル ……兄さん、なぜもつと早く帰つて来なかつたの?
彦一 あんな、薄ぎたない阿女[#「阿女」に「ママ」の注記]に、おふくろ面をされてゐる家に帰つて来られるか。
彦六 なにを! 不良狩りに引つかかりさうになつて、ずらかつたくせしやがつて!
彦一 それもあつたさ。……だが、もともと俺がグレはじめたのは、お父つあんの女狂ひのせゐだぜ。
彦六 それがどうした? 私あ、助平だよ。
彦一 おつ母さん施療院で死んぢまつた時のことだ。「お父つあんは、ソツとしてお置きよ、あの人はツムジを曲げ出すと、自分で自分の了見が解らなくなつてしまふ。本当は、お父つあんは、私の事を心から思つてくれてゐるんだけど、ただ性《たち》であんな事になるんだ」つて、さういつたよ。そんな時のおつ母さんの顔が俺の眼から離れなかつたんだ。
彦六 へん、なにを世迷言ぬかしやがるんだ。
彦一 可愛いい女房が病気になつてさ、金が無くなつて施療院でノタレ死をした。それがしやくに障つたからつて、バクチ打つ、女狂ひを始めるなんて、筋が違い過ぎてるぢやないか。
彦六 ぢや、オヤヂの女が気に喰はねえからつていふんで八つ当りにほかの奴を斬つてさ、土地を売つたのは筋が違つてゐないのか。(息子も父も思はずニヤニヤ笑ひ出す)ときに、お前、今なにをしてゐるんだ。
彦一 なに、土方みたいな事だよ。
彦六 府中でか?
彦一 府中は家だけで、あつちこつちの現場を歩き廻つてゐるよ。方々行くが、大体三多摩一帯だ。
彦六 ほう、あの辺なら私も二十歳前後によくあばれて廻つたところだ。三多摩の自由党は威勢のいい奴が揃つてゐたからなあ。さうか。(自由党時代の事を思ひ出して身内が熱して来るらしい)当時、貧乏党、共和党と云ふのが有つてな、共和党万歳など書いたムシロ旗を立てて、あの辺の寺を押し廻つちや、藩閥政府ぶつ倒せの演説をして歩いたもんだ。その刀もそんときの名残りだよ。
彦一 昔からあの辺には、そんな気風があつたんだね。
彦六 昔からと云ふと、今でもあるのか?
彦一 うん、そりや自由党たあわけが違ふが、元気な仲間がゐるよ。
彦六 仲間と云ふのはなんだつ!
彦一 仲間だよ。貧乏だけど、みんな生きの良い連中だ。人は土方々々と馬鹿にするが、義理堅えし、善い事は善い、悪い事は悪いで、一旦仲間同士でかうと決つたら、グツともする事ぢやない。
彦六 ぢやなにか、ムシロ旗か?
彦一 さうだなあ、まあ、そんなもんかなあ。
彦六 さうか三多摩にや今でもそんなのがゐるのか。……しかしあの辺は、近頃、朝鮮の人間が多いさうぢやないか?
彦一 多いよ、だが大体が同じやうに働らいてゐりや、鮮人も内地人もあつたもんぢや無え、現に、大阪の玉造辺でゴロ/\してゐた俺をしよぴくやうにして此方へ連れて来て二年近く、附きに附いて俺の性根を叩き直してくれた男が鮮人だ。こいつは偉い男だよ。
彦六 へえ、そんな事があつたのか?
彦一 二人で東海道を歩いて上つて来る途中、ロクに飯が食えねえもんだから、俺がへたばる――
ミル まあ、東海道を歩いて?
彦一 すると其奴が俺をおぶつて呉れるんだ。まるで仏さま見てえな男だ。俺あ彼奴の背中で何度泣いたか知れない。そん時のおかげで俺あ地道に働ける人間になつたんだよ。
彦六 ふーん、……さうか……
彦一 どうだ、とつつあん、ここを引きはらつて、おれ達のとこへ一緒に来ちや。こいだけトコトン迄やり通しや、もういいぢやないか、第一無駄だ。
彦六 なに? 無駄だ? おれのしてゐる事が何で無駄だ?
彦一 だつて、外の連中は父つあんだけほつぽり出して行つちまつたぢやないか? かうし
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