てゐたところで斬り死にするようなもんだ。
彦六 お前なにか、私に説教する気か?
彦一 おれ達の仲間なら、一人をうつちやつといて逃げ出したりはしないと言つてる迄だよ。第一働いて暮すにしたつて、同じやうに働く人間の仲間で暮すんでなきあ、泣くも笑ふも面白い事があるもんか。父つあんの自由党だつてその辺は同じ事だつたらうぢやないか。
彦六 なにをいやがる。
彦一 さうぢやないか。父つあんが、つむじ曲りになつたのも自由党以来の父つあんの了見を誰も解つてやらうとしなかつたからだ。俺が昔ゴロになつちまつたのも、俺の心持を知つてくれるのがわきにゐなかつたからだ。一人ぼつちになりや、人間曲るより他に法はねえよ、俺だつて父つあんの子だい。……そりや俺達あいつも不自由だらけだがこんなところで、ろくでもねえ連中を相手にしてゐるよりや、まだいくらかましだ。楽ぢやねえか、ホントの暮しがあるよ。生きるも死ぬのも一緒だ。仲間の骨は仲間が拾うんだぜ。
彦六 仲間の骨は仲間が拾ふか、……フン、そいで此の家はどうするんだ?
彦一 うつちやつとけばいいよ。
ミル へーん、私はどうすんの? 私、劇場のダンサーしてんのよ。ウンと勉強して、今に日本一の女優さんになるつもりなんだから絶対に劇場はよさないわよ。
彦一 電車で通へばいいよ。日本一にでも世界一にでもなるさ。だが、千代も大きくなつたもんだな、もう立派なモダンガールぢやないか。
彦六 さうさ、もうチヤンとお婿さんの見当まで付いてゐるよ、なあ、お千代?
ミル うゝん、いやツ! いーだ。
彦一 さうか、そいつはいい。
彦六 ときに、お前まだ一人か?
彦一 五日前に赤んぼが生れちまつた。
彦六 赤んぼ? 誰の赤んぼだ?
彦一 俺んだよ。
ミル へーん、ぢや、おかみさん貰つたの、兄さん?
彦一 一年前から世帯を持つてゐるんだよ、男の子だ。
彦六 へえ、私に孫が出来たわけか、こいつは笑はせる。なんて名前だ。
彦一 名前はまだ無えんだよ。なんだか変てこで仕様が無いんだ。
ミル そんなの無いわよ、あたりまへぢやないの、馬鹿ね。
彦一 それが変てこなんだから、仕方がないよ。
ミル ぢや、兄さんの子ぢやないの?
彦一 たしかに俺の子だけど、変てこなんだ。そいで、父つあんの顔を見たら、納りが付きさうな気がしたんで、実は帰つて来たんだがね……
彦六 で、どうだい? フフ。
彦一 ……父つあんの気持が、俺にも解る様な気がする。
ミル ぢやこれで私も立派な叔母さんになつたわけね。どうだい!
彦六 で、相手の女はどこのもんだ?
彦一 うん、仲間の妹でな、少しぼんやりしてるけど、気性はいい女だぜ。今メリヤス工場に通つて働いてゐる。
彦六 なぜその赤ん坊をつれて来て見せねえんだ。
彦一 駄目だよ、まだフニヤ/\して手に負えねえ。
彦六 ふーむ、孫か……笑わせやがる。馬鹿野郎。(流れ出して来る涙を横なぐりに拭く)
彦一 なあ、父つあん、思ひきつて、一家ひき移らうぢやないか。家もあるし、気の合つた仲間もゐらあ。
彦六 (考へ込み乍ら)だが、私が行つて、ボンヤリふところ手で毎日遊んでゐるのもな、今更。
彦一 だつて、父つあん、病気だらう?
彦六 病気で寝てるんぢや無い! 寝てゐたから病気みたいになつてしまつたんだ。
ミル あれあれ! あんな事言つてゐる。
彦一 アハハハ。ぢや問題無いよ。捜しや帳付けでもなんでも、仕事はあるさ。……ぢやいいね?
彦六 うん。
彦一 ……ぢや、お千代、話を付けるから、先刻の連中を呼んで来い。
ミル うん。(走り出して行く)
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間――黙つてゐる父子。右奥の少し離れた所でガーン、ベリベリと大きな物音。音の度にシヤンデリヤが顫へる。この物音は最後まで断続する。
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彦一 ……なんでも、向うの端から取壊しにかかるつて、先刻階下でさう言つてたな。
彦六 ふん。……彦一……ぢやあ、お前の赤んぼは、私が名前を付けてやるかなあ。
彦一 うん、一つ頼むよ、父つあん。
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ミル戻つて来る。開かれたドアから、階下でお辻とアサが猛烈に口論してゐる声。
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ミル 白木も鉄造も下にはゐない。
彦一 あれは、なんだ?
ミル アサさんとお辻とが喧嘩してゐるのよ。二人とも鉄造さんのおかみさんになるんだつていつてね、スタンドの所で掴み合つてらあ。
彦一 ハハ、さうか……さうだつたな、父つあん、お辻さんも連れて行くんだらう?
彦六 うつちやつて置け。どうせ金を掴めば向ふで逃げ出そうとしてゐた女だ。
彦一 遠慮をするなよ、父つあん。まだ入用だらうが?
ミル アハハ、私に気兼ねしなくたつていいわよ。
彦六 もう、いらんよ、コリ/″\だ。
彦一 いらんのか?
ミル いらんのか? お父つ
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