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突立つて繃帯をして貰つてゐたのが急に、オイオイ泣き出す。
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彦一 ……なんだ、出し抜けに?
ミル なぜもつと早く、帰つて来ない。兄さんの馬鹿!
彦一 どうしたつて言ふんだよ?
ミル (シヤクリ上げながら)うゝん。お父さんの事を寄つてたかつていぢめやがつて、パチンコまで打ちやがるんだ。誰が糞、怖いもんか、来い、畜生!
お辻 ……だつてさ、いきなり刃物を振りまはすんであぶなくつて仕様がないぢやないか。
白木 ……おどかしですよ。どうせ、初の一発は空らになつてるんだから。ハハ。うつちやつて置けば怪我人が出ますからね。
彦六 とにかく、今夜はもうおそいから、これで帰つて貰ひませう。
白木 いやあ、今夜こそハツキリ形を付けて貰はん事にや……とにかく、話だけは洗ひざらひしてしまつたんだから……
彦六 私の方も言ふだけは言つてしまひましたよ。
白木 そこを御相談してゐるんだ。少し此方にも同情して下さいよ。
彦六 同情なら此方こそしていただきたいもんだ。なんせかうした病人だ。叩き出されてどこへ行く先があるんです?
白木 あれだ。弱るなあ。あなただつて元が自由党で主義のために荒つぽいこともしたり、他人の罪までかぶつて暗いところに行つたほどの人ならこの位の理窟は解つてくれてもよかりさうなもんだ。こつちも金づくでやつてゐるんでもあるまいし。
彦六 ぢやあんたは、唯でこんな事を引うけてゐなさるのかね? それに今迄追立てられた十軒余りの店の、血の出るような立退料から、三割四割とピンをはねたのは、どこのどなたでした? ハハハ、ともかく、もう一度ツラでも洗つて出直して来たらどうだい?
白木 なんだと!
彦一 ……全体どうすれば、いいといふんです?
白木 ……早いとこ立退いてくれさえすりや、いいんだ。
お辻 (彦六に)いい加減にして下さいよ。あなたあ心がらだから本望か知れませんが、私や……
彦六 おい、お辻、私をうまく立退かせたら、五百円だけ貰へる約束になつてゐるのは誰だつけな? ……大分もうろくはしたが、これでまだ眼は見えるよ。
お辻 ……(青くなつてゐるが、やがて猛然と逆襲して来る)ぢあそれが悪かつたの? それと言ふのも、あなたが自分一人の我を張つて、私やミルちやんの事を……
ミル 私の事は言はないで頂戴。
お辻 第一、私が金を貰つたつて、そいだけの物が此の内に入つて来るんなら、何もツノメ立つ事は無いぢやないか。
彦六 ハハ、鉄造さんとの約束を忘れちや、苦情が出るぜ。今度此処に出来る食堂で鉄さんは酒場の方をやるし、お前は女給の監督になるやうに、チヤンと話が出来てゐるさうぢやないか。
鉄造 そ、そんな、旦那、そりやあなた――
彦一 階下の女給さんも監督にして貰ふ約束だつて言つてたぜ。監督が一度に二人出来るわけか。
白木 さう言ふ事よりも、ねえ正宗さん、あんたは、松田の方では金がうなつてゐるとでも思つてるから、癇も立つんだ。ところがどうして/\遊んでゐる金なんて今時あるわけのものぢや無い。地代の値上げもあり、あれやこれやで積つてみると、みすみす一日にど偉い金が消えて行くんだ。松田のオヤヂさん、日に二度も三度も私の方にやつて来ては、泣いてゐる始末ですぜ。
彦六 そつちは泣きや済むかも知れないが、此方は直ぐに命にかかはる事だからね。
白木 ですからさ、チヤンとそれだけの事はしてあるんだ。ねえ!
彦六 私やそれでもいい。だが、叩き出された十一軒の家がそれでは済むまいよ。よしんば、みんながそれで泣寝入りになるとしても、正宗彦六が通さないんだ!
白木 ふざけるなつ! 綺麗な面をして今迄の分を倍にして五千円払へだと? へん! 誰のフトコロに入る金だか解るかい。
彦六 金がそつちの物なら家は此方の物だ。
白木 家賃だつてロクに入れて無い癖に!
彦六 貴公、いつから此の家の差配までするやうになつたんだい?
白木 こ、こ、この……(掴み掛らうとする)
彦一 おい/\、乙なまねをするなよ。
彦六 こつちは御覧のやうなテイタラクだ。叩つ殺されてもヘドが出る位のもんだらう。
白木 ぢや今迄にそちらに渡した分の金はどうなるんだ?
彦六 どうにもなりはしないよ。そちらでは渡したから受取つたまでのことさ。
白木 仕方が無い。そつちがさういふ気なら、こつちも考へはある。
彦一 だからどうだつてことよ。
白木 (彦一に)昔はなんだか知らねえが、お前さんが、与太もん仲間で売つてゐた頃とは、新宿も大分様子が違つてゐるからね。あとで、ホエ面をかかない様にするがいいぜ。(トツトと出て行く)
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間――青くなつた鉄造口をモガモガさせて立つて居たが、薄気味悪くなり、白木の後を追つて去る。
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お辻 ……(彦一に
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