んだい? ハハどうした、やられたのかい?
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アサは面喰つて言葉も出ず、眼をパシパシさせてゐる。
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客二 用心しなきや、いけないよ、夜中になると、いろんなのが出るよ……。(杯をなめる。そこへ「おぢさん、花買つて頂戴」と言つて入つて来た小娘)そら出た。(アサ飛上る)ハハいらないよ。
娘 みんなで十銭にしとくから、買つてよ。おら、もう眠いから、まけちまう。(なるほど眼がくつつきそうだ)
客二 眠いのか? ……フン、ぢや買つてやらう。ほい。
娘 (金を受取り)ありがたう……(花を渡してフラ/\した足つきで出て行く)
客二 ハハ。(花をポケツトにねぢこんで)今、幾時だい?
アサ ……もう、二時過ぎかと――
客二 眠い筈だ……だが俺は、三時を廻つたかと思つてゐた。
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不意に階上で人の喚き立てる声(主として白木と鉄造とミル)。続いてドタバタドシンと言ふ騒ぎ。客二天井を仰ぐ。
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客二 いけねえ、酒ん中にホコリが落ちて来やがつた。
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二階の騒音の中でミルの声「こん畜生!」、白木の声「あぶないつ! こら!」、お辻の声「ミル! 白木さん! どつちも危いぢやないか!」と言ふのだけがハツキリ聞える。続いて、バシン! といふ様な鋭い響。ギヨツとして天井を見上げるアサ。客二もギクリとして天井を睨んだまま。
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[#地付き]――幕――
[#3字下げ]第三幕(第一幕に同じ)ビリヤード室[#「第三幕(第一幕に同じ)ビリヤード室」は中見出し]
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一騒動あつた直後らしく、殺気立つた顔で総立ちになつて睨み合つてゐる五人――彦六とミルは畳敷の上に。白木と鉄造とお辻は床の方に。ミルは今迄振り廻してゐたらしい刀を抜身のまま右手に振りかぶつて、肩で息をしながら、床の三人の方を睨んでゐる。その左手は彦六に掴まれてゐる。白木は球台を楯に取つて、右手に黒い物を握りしめてゐる。鉄造は長椅子の所でちぢみ上つてゐる。
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――間――
お辻 ……人が来ると、うるさい!
ミル 畜生!(豹の子の様な唸声を出す)
白木 あゝ誰かあがつて来たぞ!(階段の方と室内をパツパツと見て、掌中の物を球台の下に差し込む)正宗さん、頼む! サツを割込まさうなんてえ、卑怯な真似はあんたも考へちやゐまいね。
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言はれて彦六はせせら笑ひをしながらチヨツト考へてゐたが、直ぐにそのままミルの身体を抱くやうにして、裂けたまま下つてゐるカーテンの奥へ押し込んでしまひ、自分は寝床にゴロリと横になつて毛布を被る。白木は鉄造にめくばせし、キユーを二本取り、鉄造に一本持たせる。階段に足音。お辻、球のサツクを持つて来て、球台の上に球をばらまく。白木がいきなり球を突く。押殺した短い間。
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お辻 ……三つ。……五つ。
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ドアを押して客二がスイと入つて来る。
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お辻 ……おや、いらつしやい……七つ。
客二 (室内を見廻す)なんだい、今のは?
お辻 今のつて? 九つ。九つ当り。
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ゲーム盤をカチヤリと鳴らす。白木、横目で客二を見る。
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客二 いや、今の音は?
白木 ……あゝ(階下で見た客であることに気が附いて)私がさつきキユーを倒したから、大方それだらう。
客二 (鉄造を見る)ひどく顫へますね?
お辻 お突きんなりますか?
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客二、返事をしないでニヤツとする。
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お辻 (笑顔を見て、不意に相手を認め、思はず立上る)あ! 彦一!
白木 え?(お辻と客二を見較べてゐる)
鉄造 彦一さんだ!(呆然と見詰める)
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向うを向いて寝てゐた彦六が、ウツ! と言つて此方を向き、客二を見るや起きあがる。無言で見合つてゐる父と息子。
間。
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鉄造 ……変つた。……今の今迄気が附かなかつた。
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ミル、カーテンの蔭から抜身を持つて飛び出して来る。上り端に立つたまま兄を見詰める。怒つた様にムツとした顔。刀が手から落ちる。
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ミル あゝ、兄さん!
彦一 ……大きくなつたなあ、お千代……(ミルの左手に目を付けて)ああ、いけねえ、斬つたな。
ミル なに、かすつただけだ。
彦一 どれどれ。(腰から手拭ひを出して裂く)つまらない物をいぢくるから、怪我をするんだ。(ミルの指をしばつてやる)
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鉄造が白木に、しきりと耳打ちをしてゐる。
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彦一 痛いか?
ミル 痛くなんかない
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