……あゝなんでえ、ルンペンだよ。さうか、君の色男はルンペンなのか?
アサ 大きな声をするのは止してよ、もう時間過ぎなんだから。
客一 まぶは引け過ぎつて言ふ奴か? ヘツヘヘヘ、こてえられねえなあ。若干、催すねえ。酒だ、畜生。
アサ 本当にもうお帰りになつたらどう、見つかると、又うるさいんだからさ。
客一 さう邪魔に、しなくともいいでせう? ねえ、君、ねえ、さうでせう、おテクちやん。(変にいやらしく、からんで行く)
アサ うるさいわね。(はなれる)
客一 オーツ、ウヰスキーだ!
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アサ黙つてスタンドの方へ行く。ミルが往来の方から戻つて来る。追ひすがつて来る鉄造。
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ミル ……いいの、わかつてゐるわよ。
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二人は外の階段の前に立停る。
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鉄造 ところがさ、大体あのお辻さんと言ふ人は、あなたの考へているやうな、そんなばかな……
ミル だつて、小父さんがそんな事を気にしなくともいいぢやないの。(と言ひすてゝ階段を昇らうとする)
鉄造 (ひきとめて)おゝ、おゝ、ミルちやん、まだ大事な話が残つてるんだ。後生だから、ちよつと顔をかしてくれないか。コーヒーでもおごるから。
ミル この真夜中に、コーヒーでもないわよ。
鉄造 まあ、さう言はずにさ、是非聞いといて貰はなけりやならぬつて事があるんだよ、全くのはなし。
ミル さう、何だか知らないけど、早くしてよ、上で心配してるといけないから。
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二人は中に入り、空いたテーブルに腰をおろす。鉄造はコーヒーを言ひつける。
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鉄造 くどいやうだがね、私は、あんたの為めや旦那の事を考へるから言つてゐるんだ。大体正宗さんと言ふ人は、度胸が良いのか、悪いのか知らないけれど、恐ろしい人ですよ。松田さんや白木さんを向うにまはして、一戦を交へようと言ふんだからね。私なぞこれでどれ程側杖を食つてひどい目に会つてゐるか知れやしません。
ミル さう? なら、私んちなど打つちやつといて、小父さんだけ越しちやつたらいいわ。
鉄造 そ、そ、そんな、あんた、今更になつてさう言ふ手はありますまいよ!
アサ (ウヰスキーの杯を客一のテーブルの上に置いて)はい、これつきりよ。
客一 (酒のツラを見て)ブラボー。アハハハ。
鉄造 それにねえ、お辻てえ女は、なにをするか知れたもんぢやありませんよ。あんたあ気が附いてゐないかも知れないけど、田所君の事ですよ。あの女は、これはと眼を付けたが最後、どんな男でもモノにしてしまふんだからね。
ミル それが、どうしたの?
鉄造 だから、気を附けなくちやいけませんよ。
ミル へーん、お辻さんの方で惚れてんのか?
鉄造 まあ、そんなものかね。
ミル だつて、あの女はあんたといい仲なんぢやないの?
鉄造 じよ、じよ、冗談を言つちやいけない! 私は、あんたの為を思つて――
ミル 修さんは、あたしに惚れてんのよ、おあいにくさま。
鉄造 ……だけどさ、相手はお辻だ。田所君が気が弱くつてウブだと来てますぜ。
ミル そうよ、だから私、好きなんだわ。
鉄造 (手の平で額の汗を拭く)いや、手離しだねえ。だからさ、蛇に見込まれた蛙でいつなんどき……でせう? だからさ、私あ……
ミル フン、修さんが私よりもお辻さんのことを好きならばお辻さんも取ればいいぢやないの。私、心配なんかチツともしやしないのよ。一体、話がある話があるで黙つて聞いてゐりや、ろくでもないことばつかり……あたしやもう行くよ。馬鹿々々しい。
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鉄造を後に残してトントン階段を昇つて行く。鉄造あわてて外へ出るが、間に合わない。女給アサも鉄造につゞいて出て来て彼の背後に立つ。
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鉄造 (身をめぐらす)おゝ……なんだよ?
アサ ……(鉄造の顔を見詰めてゐた後)お辻が田所さんと出来てしまふと、あんたが困るんでせう、だから、あんな事言つてミルさんを、けしかけるんだ。へん、どつちがあやしいか判つたもんぢやない、あんな糞婆あの尻の匂ひをかいで廻つて――
鉄造 なにを言ふんだ、お前――
アサ (相手の胸倉を掴む)私をどうしてくれるんだ! おめえさは、おらを一杯ひつかけた積りだべさ! この……
鉄造 おい、なんだい、まあ、こんな所で、なにを又――
アサ ぢや内に入つてたんと話すよ! (と相手を引つぱつてドアを押して店にはいる)はじめあんた、おらに何んと言つた? ねえ! こんど出来る食堂の酒類の事は一手に引受けてやる様にチヤンと約束が出来てゐるから、さうなつたらあたしを正式の女房にしてやつて、そいから女給の取締りにしてやつて!
鉄造 (キヨロキヨロ店内を見廻し、あわててゐる)なにを言ふんだ! こら! おい
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