アサ お辻の奴とグルになつて、あんたらが何をたくらんでゐるか位、おらちやんと知つてゐるんだよ! あんたあバーの方の株と手数料が欲しいんだろよ。お辻はお辻で、うまく二階の旦那を立退かせりや、白木から五百円出る約束になつてんだ。その位のこと知らなくつてさ。なんてまあ、腹ん中の小ぎたねえ!
鉄造 困るよ、おい! 話をすれば解るから、ま、此方へ来い! 話をすれば……(客達をはゞかつて、アサの背をかかえて、スタンドの傍から奥へ連れて行く)
客一 (あつけに取られてゐたが、我れに返つて)ヘヘヘヘ。話したつて解るもんかよ。話したつて解るもんか、馬鹿め! ねえ君! さうだらう? 俺は金はないさ。いや、もつとるかも知れんぞ。(ポケツトを探り、バツトの箱をとり出す)こりやなんだ? バツトの空箱か……ゴールデンバツト/\/\/\(とでたらめのバツト節を歌ふ。その歌に混つて、奥から喧嘩の物音とアサのわめき声がして来る。客一それに気附き歌を止める)ほう、やつとる……(キヨロ/\四辺を見廻してゐたが、やがて飲み残りのウヰスキーをカプツと音を立てて飲みほし、ゴールデンバツト/\と云ひながら裏に逃げ出す)
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客二はニヤ/\してそれを見送つてゐる。ところが忽ち、表でワツと人の声。往来の方から此の店めがけて小走りにやつて来た洋服で小さいカバンを下げた四十六七の紳士(白木軍八郎)が出合頭に客一にぶつつかられて、はね返りさうになつて挙げた声だ。客一は、しかし倒れさうになつてもウンともスンとも言はず逃げ去つて行く。白木は驚いて、その後姿をチヨツと見送るが、なにさま、これもあわててゐると見えて、階段の方を見てそちらへ行きさうにするが、思ひ返してバアのドアを押して飛び込む。
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白木 井伏さん! 鉄造さん! (客二を見て)やあ、ええと井伏さん! 居ないのかね、鉄造さん! (奥から鉄造が出て来る。チヨツと見ぬ間にシヤツは乱れ、顔はみみずばれだらけになり、手の平でにじみ出す血を拭いてゐる)全体、君、どうしたんだ! え?
鉄造 白木さんですか。へえ、どうもねえ、ヘヘヘ。
白木 困るね、勝手に人夫を二階にあげたりなんかして……君やお辻さんは、私の言ひ付けるだけの事をやつて呉れりやいいんだ。(頭で天井を示して)相手が相手だぜ、また曲られたら、この上どうなると思つてゐるんだ。
鉄造 ……へえ。
白木 へえじや無いよ君! たつた今も電話で知らせがあつたんで、びつくりしたんだが、一了見で変なおチヨツカイを出して貰つちや困る。人夫はこつちの命令で踏込むことになつて居るんだぜ。それを、君達が動かすと言ふ法は無いよ! 藪蛇になつたらどうするんだ?
鉄造 どうも済みません。いえ、此方で放り出してしまへばあなたの方の手間が省けると思つたもんですからねえ。それに先程はお辻さんが降りて来て、今奴が居ないからと言ふんで、そいで、つい!
白木 その抜けがけの巧名がいけないんだ。実は今夜はいよ/\何んとか解決しないと私も間に立つてゐて、松山さんの方に合はす顔が無いんで、最後の掛け合いに来る気でゐた。それに応じなければいよいよの手段に訴へるつもりで手続きは取つて来てある。そいで、出かけようとしてゐる所へあの電話だ。
鉄造 すみません。
白木 とにかく上へ行かう、今夜はもう否やは言はせない。
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二人出て行きかける。丁度そこへ、じだらくな恰好で階段を降りて来たお辻が、髪の地を指で掻き〈掻き〉ドアを押す。
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お辻 あゝ白木さん。
白木 やあ、困つた事をして呉れるねえ。君達が頼まれもしないおチヨツカイを出したばかりに、彦六め、又ぞろ尻を据へて捩《ね》ぢ〈れ〉て来出したら、あの約束も切[#「切」に「ママ」の注記]角だが取消しだよ。
お辻 (あわてて)だつて鉄造さんが、あなたの話だつて、さう言つて――
鉄造 おい/\、邪慳な事は言ひつこなしにしようぜ、もとはと言へばお前が――
白木 まあ/\いいからとにかく行かう。居るんだらう?
お辻 ゐますよ。どこまでネバる気だか、さすがの私も驚いちまつた。あんまりクサクサするんで、ブランデーでも貰ほうと思つてね、鉄造さん、一本頂戴。
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鉄造スタンドの棚から酒ビンを取つて来る。お辻、客二の後姿を認め、ビンを受取りながら、鉄造に、不用心を眼顔で知らせる。その間に白木は外に出て、往来の奥の方へ手で合図をすると、コールテン服の男がスーツと出て来てペコ/\する。白木低声に、二階を指差して何か命令している。
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白木 ……いいな?
鉄造 おいアサ! お店を頼んだぜ。
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 お辻は外に出て階段の方へ、白木も階段の方へ、コールテン服は往来へ消え
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