から俺は、返さないなんかと言つてやしないぢやないか!
尾崎 結構だ。今僕の言つてるのは、君にしても、左翼の連中にしても以前のイデオロギーで世間に約束した借金をちつとも返さないと言ふ事さ。踏み倒し過ぎるんだ。
五郎 ……一言も無い。……しかし、そんな連中は、その後、世間的には黙つてゐても、自分だけで自分の身体で以て昔の借金をなしくづしに返してゐるかも知れないよ。
尾崎 すると、さしづめ君もその一人かね?
五郎 或る意味ではさうかも知れんな。……あの時代の生活の無理がたゝつて女房は病気になつてるし、俺あ画は描けなくなるし……そんな事よりも人間が生きてゐる事自体に対してこんな風に確信がグラつきかけて来て、死ぬ苦しみをしてゐる。……見やうに依つては昔の自分……昔の自分の生活や物の考へ方から散々に復讐をされてゐる状態だとも言へるからね。……ざまを見ろと言つたテイタラクさ。しかし、そいつは、とうに自分が自分に言つてゐる事だ。君なんかから何か言はれたつてチツともこたへやあしないさ。
尾崎 しかし、そんな有様をみてゐれば、おかしくなるのは、これ、仕方が無いからね、ハツハハ。さうぢやないか? 僕に言わせ
前へ 次へ
全193ページ中45ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング