奴あ、さすがに人を見る眼が肥えてゐやがる。ハハハ(言ひ方はわざと滑稽化してゐるが、自分では本当に自分をその様に反省してゐるのである)……どうだ、少し又、万葉を読んでやらうか? いらんか? あとで? さうか。ハハハハ。俺の万葉の講義は、まるつきり自己流だからな。ハハ、でもあれでいゝんだよ。馬鹿にしちやいかん! 自己流でもなんでも、万葉集は俺みたいにして読むのが一番本当なんだよ。……日本人でさへあれば、どんな無学な者が、どんな読み方をしても結局わかる。……ホントの古典といふものは、みんなさうだよ。
美緒 ……あなた……怒らない?
五郎 なんだい? 怒る? なにを?
美緒 ……怒らないと……約束して。
五郎 なんの事だか、わかりやしないぢやないか。……よし、ぢや約束する。怒りやしない。なんだよ?
美緒 ……(枕の下から一通の手紙を出して渡す。封が切つてある)
五郎 なんだ?……毛利から来た手紙ぢやないか。お前読んぢまつたな?……さうか。いや怒りやしないよ。……(手紙の内容を出して、黙読。読んで行く内に、顔が変に歪んで来る。悪い手紙らしい。読み終つて黙つてゐるが、腹の底からこみ上げて来るものを
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