間、その前に廊下、廊下を通つて湯殿、便所の順序で、何の曲もなく一列に細長い平屋。上手は垣根を隔てゝ隣家、下手は便所の角を曲つて裏木戸へ通ずる。庭には二三本の樹とこはれかゝつた藤棚と、少しばかりの草花。
夏の末のよく晴れた正午前。遠い沖の方を通る船の汽笛がボーツと響いて来る。……四辺はジーンとする程静かだ。
美緒が、病室の前の縁側に据ゑられた静臥椅子の上に横になつて、ウツトリしてゐる。中形の浴底の[#「浴底の」はママ]胸にはでな色の大きな経木製の海水帽を抱いてゐる。患つても顔はあまり痩せぬたちで、どちらかと言へばフツクラとして顔色も良いし、チヨツト見には病人のやうには思はれぬが、実は第三期の殆んど重態と言つてよい位の患者である。よごれぬ白足袋を穿き、身だしなみ良く、白い柔かい顔を縫取つてゐる[#「縫取つてゐる」はママ]ユツタリとした束髪。永い間の病苦にさいなまれ尽した末、それに抵抗する事の不可能なことを知つた結果、普通とは反対に、極めて無邪気な幼児の様に柔順な明るい人柄になつてしまつた。時々、自分の眼の前に在るものを透して遠くの物を眺めてゐるような虚脱状態を呈することがある。
……
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