ると、不動産が宙に迷ふからですよ。(泣きながら。これも彼女としては真実なのである)
五郎 ……で、この事は利ちやんは知つてゐるんですか?
母親 知つてゐます。でも利男は、今姉さんが、こんな状態になつてゐるのに、そんな話をするのは悪いから、後にしろと言うんですよ。でもねえ、今日明日にも万一の事が有ると取返しが附かないから。
五郎 僕も利ちやんと同じやうに考へるんですが。……今美緒にそんな話をすると、又病気を悪くするばかりだと思ふんです。言はゞまあ、あれだけ重い病人の枕元で、病人の死んだ後の遺産相続のことを相談するわけなんですから。……そんな残酷な事はとても出来ません。もう少し、もう少し良くなつてから……。
母親 ですからさ、もう少し待つて良くなればいゝが、死なれてしまふと、それつきりになつて、又余分な物入りだから……。
五郎 ……大丈夫です。かりに万々が一、いけなくなる事があつても結局不動産は利ちやんに行くんですから、別に問題は無いと思ふんです。
母親 さうですとも。そりや、あんたと言ふ人がゐるけれど、美緒が戸主になつてゐるんで、籍もまだ入れてありませんしね、あんたにはお気の毒だけど、そこん所は――。
五郎 え?……(ギクリとする。自分が今迄思つても見なかつた事を言はれて不意に、相手の考へが掴めたやうだ。青くなつてゐる)……それ、なんの事でせう?
母親 いえね、あんたにも散々苦労をしていたゞいたんですけど、美緒の病気で私の方でもこれで随分の物入りを続けて来てゐるんですから。
五郎 えゝ、それは、ありがたいと思つてゐます。僕に金が無いもんですから色々御心配をかけて――。
母親 ですからさ、財産を利男に書換へる際には、どうせたんとの事は出来ないんですけど、あなたの方へもいくらか廻さなければならないと私は思つて――。
五郎 いや、僕あ、そんな物要りません。
母親 いえ、それはね、とにかく今迄名儀だけでも美緒の物だつたんですから、あなたが要らないと言つても、どうせ美緒にやらなくちやなりませんから。
五郎 いえ、美緒も僕も、要らないんです!
恵子 だつて五郎さん、それは当然の事ですよ。家の財産ですもの、長男だけがソツクリ相続してしまふと言ふ手は無いわ。娘だつて、それぞれの分け前を貰ふのが当然ぢやなくつて? 姉さんだつて、そいから私も実はいくらか貰はうと思つてゐるのよ。貰つて邪魔になるもんぢや無いわよ。
五郎 ……そいで恵子さんは、今日見えたんですね?
恵子 まあ、ひどいわ! それだけの事でわざわざこんな所に来るもんですか。姉さんの見舞ひが主よ。
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間。――母親はまだ涙を流してゐる。話からスツカリ除外された尾崎が砂丘の蔭から時々覗いてゐる。
[#ここで字下げ終わり]
五郎 ……もしかすると、お母さんは、美緒に万一の事があると僕がその遺産をみんな自分の物にしてしまうとでも思つてゐられるんぢやありませんか?
母親 (いろいろの意味でひどく周章狼狽して)いえ、そんな! そんな、あんた! そんな事を考へたんだつたら、初めつからこんな事を、あんたに相談したりするもんですか。そりや、そんな事をあんた言ふのは、あんまり……。
五郎 ……(ニヤリとして)籍こそ入れてなくつても、美緒と僕が結婚してから七年になりますしね、美緒の物はチリツパ一つだつて合法的に僕の思ふ通りになりますからね。……ハツハハハ、(不意に笑ひ出す)でも安心して下さい。僕にやそんな気は全然有りません。不動産は利ちやんの物です。美緒は、分け前も要りません。たゞ、今、彼奴にこんな事を聞かせるわけには行きませんから、自由にして下さるにしても、あれに聞かせないでやつて下さい。
母親 (涙を拭きもしないで、怒り出す)……でも弁護士の言ふには、美緒の承諾が無くては登記するわけには行かないと言ふんですから、そんな事言つたつて――。
五郎 とにかく、あれに聞かせる事は僕がおことわりします。
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母親が眼を怒らせて喰つてかゝらうとしてゐる所へ、家の方向から小母さんが息せき切つて駆けつけて来る。
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小母 五郎はん! 五郎はん! 五郎はん! (眼の色が変つてゐる)五郎はん!
五郎 (ハツとして)あ、小母さんどうしたんです?
小母 早う戻つて! 早う戻つておくなれ! 奥さんが、又、奥さんが――。
五郎 どうしたんです?
小母 (口から何か吐く真似をチヨツとして)……早う! 早う戻つておくなれ!
五郎 (ギクリとするが、今迄に馴れてゐるので割に自分を制しながら駆け出しさうにするが)……(チヨツト何か考へてゐてから、母親と恵子に)書換への話を美緒になすつたんぢやないでせうね?
母親 ……いえ、そんな、そんな事言ふもんですか。
五郎 本当ですね?
恵子 
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