五郎 美緒の枕元で、俺あ乾杯したいんだよ。なあ美緒。
赤井 ありがたう。(コツプを握る)美緒さんも、早くよくなつて下さい。石にかじり付いても!
五郎 俺達の前には、ノツピキのならないギリギリ決着の絶壁が有るだけだ。もう、それに死にもの狂ひで乗りかけて行くきりだ……。赤井、戦つて来てくれ。
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 三人ビールを乾す。
 美緒が涙ぐんで見てゐる。小母さんは涙を流してゐる。しかしそれをビールにむせたやうにごまかしながら指先で拭くが、中々とまらないので、コソコソと立つて居間の方へ去つてしまふ。
 あとに、三人がしばらく沈黙に落ちてゐる。
間。
[#ここで字下げ終わり]
赤井 ……(シンミリした空気を破らうとしてニコニコして)たちまち少し廻つて来たらしいや。
五郎 いゝよ酔つたつて。六時迄に戻りやいゝんだらう?
赤井 ……でも電車の時間を二時間見とかなきやならんからな。
五郎 すると此処を四時に出りやいゝから、まだタツプリ二時間は有らあ。それまでにや醒めるよ。もつと飲め。(赤井のコツプに注ぎ、自分も飲む)
赤井 ……近頃、どうだい、仕事の方は?
五郎 ……あんまり描かん。そんな気になれない。
赤井 さうだらうなあ。
五郎 いや、病人を控えてゐるせゐやなんかぢや無いよ。もつとなんか、現在の事をよほど考へ直して見なきやならん事が有る様な気がするんだ。今迄通りいくら[#「いくら」は底本では「い ら」]セツセと画を描いても、なんにも解決されない[#「されない」は底本では「されな 」]やうな気がするんだ。いや、今の世の中を否定する気持ぢや無い。うまく言へんけど、……もしかすると俺達は今、なんかすばらしい時代に生きてゐるかもわからんと言ふ様な気がするんだな。
赤井 そりやさうだ。俺もそんな気がする事がある。しかし、それにしても君が画を描かない理由にはならんだらう。
五郎 だからさ、俺にや、画なんか描いてゐると、このすばらしい時代の意義……いや、意義なんてそんな理窟張つたもんぢや無い。姿と言ふか光りと言ふかね、そんなすばらしい物が俺の指の間からこぼれ落ちてしまふやうな気がするんだよ。……もつとも、こんな気がするのは、もしかすると、もともと俺の画がホントに生きた物で無かつたからかも知れん。
赤井 そんな事あ無いよ。君あホンモノの画描きだ。
五郎 お世辞を言ふな、君らしく無
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