いよ。
赤井 お世辞を言つたつて始まらん。近頃僕あ恐ろしく単純になつちやつてるんだ。いよいよ行くと決つた時から、お世辞だとか論理学だとか、そんなものが洗ひざらひ無くなつちやつた。頭の中が子供みたいになつちまつた。
五郎 ぢや、ホントにさう思つてくれるんだな。俺あホンモノの画描きなんだな? きつとさう思ふんだな君は?
赤井 あゝ、思つてる。君あ俺達の仲間の中で一番ホンモノだ。
五郎 ……さうか。……そりやどうでもいゝ。とにかく俺あ、戦争の大砲の音を間近かに聞きながら小説を書いてゐたとか言ふゲーテなんて奴の事はわからんね。わかりたくも無い。ゲーテなんてインチキな男だ。それにズルイよ。ありや政治家で、幸福で、結局自分が直接戦争に参加しなければならぬ危険が無かつたからなんだらう。第一、それは醜態だよ。自分も参加して、たとへば戦闘の行はれてゐる塹壕の中で小説が書いて居れたら、偉いと思ふがね。……とにかく、俺あ、今の瞬間を自分だけ安全だと言ふ気はしないものな。実感だよ。それに俺あまだ人間としても画描きとしても青二才だ。自分の動揺をかくしたくない。動揺する時はした方がいゝんだ。それが生きて行く事ぢや無いか! みつとも無い姿で、あつちへフラフラこつちへフラフラしたつて構ふもんか。それが自分だ。一枚二枚の画を描く事よりや、その方が大事ぢやないか。その内に偉くなりや、動揺なんかしない時が来るかも知れん。そんな事あどうでもいゝ。芸術よりや生きる事の方がズツとすばらしい事だよ。(いくら喋つても何か肝心の事がうまく言へないやうな気がするのである。そのために、明るく幸福な気持のまゝに、少しイライラしてゐる)
赤井 そりやさうだ、動揺をかくしたつて始まらん。実際僕なんかも、もう今では割に平気でゐるけど、白状すると赤紙が来た時は顫へが出て止まらなかつた。怖いのとも違ふ。が、どうしても顫へて顫へて、その一晩どうしても眠れないんだよ。伊佐子に、まあどうして顫へるのと言はれて、どうしたんだか顫へだけは一遍にとまつた。……そんなもんさ。……僕達の若さぢや動揺するのが本当かも知れないね。第一、五六年前までの僕達だつて、今から思ふと一つの動揺であつたと言へば言へる。……あの当時の思想の体系は簡単に僕等の裡ではくづれてしまつた。……しかし、あの当時に掴んだ物の考へ方の中の一番本質的な要素……つまり人間に対する信
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