手の礼をして)小母さん、暫くでした。(あがる)
小母 (湯殿の方へ向つて)五郎はん、兵隊さん見えはりましたえ!
美緒 ……(今迄の変な顔付きを一遍に笑ひにほころばして、寝台の上から目礼する)ようこそ、赤井さん……。
赤井 いかゞです?……
五郎 (湯殿の戸をガタピシ開けて、走るやうにドタバタ飛び出して来る)来たか! (廊下に出て来た赤井とぶつつかりさうになる。現在の彼にとつては殆んど唯一の気の許せる親友が久しぶりに来たので、うれしさの余り少しあがつてゐる)……よう!
赤井 ……(出合ひがしらに、両足をピシツと揃へて習慣になつてしまつてゐる挙手の礼が出る)来たよ。
五郎 ……(自分も思はず釣り込まれて、絵筆を握つたままの右手を額の所へ持つて行くが、それに気付いて)なあんだ! (二人声を揃へて笑ひ出す)
小母 さあさ、服をお脱ぎやす。暑うおしたろ。(これも笑ひながら、飲物の支度に台所へ)
五郎 アツハハハ。(筆具を湯殿の方へポイと投げ出す)よく来てくれた。三ヶ月ぶりだ。
赤井 そんなになつたかな。なんしろ忙しくつて。
五郎 さうだらうな。飯はまだだろ?
赤井 いや食つて来た。実はもつと早く来る予定でゐたが、今朝になつて不意に非常呼集がありやがつてね。
美緒 とにかく、お脱ぎになつたら――?
五郎 さうだ、脱げよ。……(赤井が帯剣をはづしにかゝる。その赤井の服装にフイと注意して)今日は馬鹿に立派な服だね、真新しいぢやないか?
赤井 立派だらう? 第一装用さ。これで持つ物を持ちや、いつでも出発出来るさ。
五郎 え? ……そいぢや、いよいよ、近い内に――?
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 男二人がいろいろな意味を込めて眼を見合はせてゐる短い間。
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赤井 ……(微笑して見せ、剣をスラツと抜いて)もうチヤンと刃が附いてゐる。
五郎 (その刃に指先で触つて見ながら、眼は赤井を見てゐる)……さうか……で、何日頃になりさうだい?
赤井 わからんよ俺達にや。わかつても言つちやいかん事になつてゐる。
五郎 すると、なにかね、明日にでも出発と言ふ事だつて有り得るわけか?
赤井 (服を脱ぎながら)うん、まあ、さうだな。よくわからん。たゞ準備はいつでも出来てゐるんだ。ハツハハ、此処にかうしてやつて来るのも今日でおしまひになるらしいよ。君はどうせ、佐倉の方へ来て呉れる暇は無いだら
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