でゐるんだ。そいぢやあんまりケツの穴が小さくは無いかなあ。毛利さんの方ぢや、いつも此方の事をシンから心配してゐるんだよ。
五郎 ……(すなほに、毛利に対して反感を抱いた事を自ら恥ぢて)うん、俺あケツの穴が小さい。近頃益々偏狭になつて来たやうだ。俺あなさけ無いと思ふ事があるよ。……でも仕方が無いんだ。……毛利にはよろしく言つてくれ。好文堂の絵本の仕事だつて毛利が見付けて呉れたんだから、俺が毛利の事を少しでも悪く思ふのは間違つてゐる……俺あ、ホントにありがたいと思つてゐるんだ。それだけで沢山だから、どうかソツとしといてくれと言つてくれ。
尾崎 ……さうかなあ。しかし……結局君がそんな風になるのは画が本当に描けないからだよ。だから、水谷先生の所へ行つて何か仕事を貰つて、金が出来りや道具も買へるし、暇も出来るし、自然――。
五郎 いや、金の問題ぢや無いんだよ。……画が詰らなくなつちやつたんだ。
尾崎 ば、ばかな! 君が、そんな――。
五郎 信じられないだらう。以前には画の虫と言はれた俺だもんなあ。でも事実、さうなんだ。……美緒がね、……実は美緒の事ホンの此間まで、俺は彼奴の病気は治るもんだ、どんな事があつても治して見せると思つてゐたんだ。どう言ふわけだか俺はさう思ひ切つてゐた。……いや、今でも俺はさう思つてゐるけど、でも近頃、ホンの時々、フツと、美緒はもう駄目になるかも知れない、どんなにしてやつても此奴は死んでしまふかもわからないと思ふ事があるんだ。……以前には唯何となく、俺がこれだけ大切にしてゐる奴が死ぬなんて筈は絶対に無いと思ひ切つてゐた。そいつが、つまり俺の本能的な信念が、少しグラついて来た。
尾崎 ……だつて、その事と、画が描けないと言ふ事に、どんな関係が有るんだい?
五郎 ……俺も始めは、関係なんか無いと思つてゐた。……ところが有るんだね。有る段ぢや無い、美緒の事も画の事も同じ所から来てゐるんだ。……つまり何と言つて良いか、生命の力と言ふのかねえ……医学だとか人間の意志の力だとか言つたものも含めてのだよ、この生命と言つたものに対して俺が無意識の裡に抱いてゐた信頼と言ふか信用と言ふか、勿論今から考へると妄信だね、……実は俺は子供の時から、人間がホントに一生懸命になれば、ホントに火の様になつてやれば、どんな事だつてやれない事は無いと言ふ気がしてゐた。それこそ地球を背負
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