達のしている事は、なにに一番近いかと言うと、ファシズムに一番近い。人にはそれぞれ意見がある。その意見に賛成するしないは別問題として、少くとも人の意見に傾聴だけはするがよい。……それで今言ったように、私らには、自分のせいで、つまり自己の責任において此の戦争が起り、そして負けたと言う意識が有る。そして、そこから起きる反省が有る。あるいは、それは、お前の言う通り、封建的倫理観から来る考え過《すご》しかも知れぬし、また精神サクランかもわからぬ。しかし私には、そうは思えないのだ。よしんば、そうであったとしても、実感としてそのような意識や反省が起きるのだから、それについて考えて見なくてはならんのだ。それでな、それで、私は考えて見る。今度の戦争は侵略戦争であった。侵略戦争が悪い事であるのは言うまでもない。従って、それを計画し、挑発した直接の指導者達の責任は、あくまで追求されなければならぬ。それは、唯単に、悪い事をした者に、こらしめのためにお灸をすえると言う意味に、また、その程度にとどめて置いてはならぬ。徹底的に洗いざらい追求されなきゃならん事だ。そうだろう? そうだな、するとだな、同時にそのような者
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