ら、何か理由が有って言わないのではない。だから、此の室の人間の中では、この男が一番落ちついている。時々、シャックリをする)
[#ここで字下げ終わり]
三平 (柴田に)犬小屋から、へんな人間の足のようなものが突出しているから覗いて見たら、中でスースーいびきをかいて眠っているんですよ。(男の額を指でグイと突いて)おい、ユー! なんとか言ったら、どうだね? ぬすんだろう、お前がそこから、パンを? (男、三平を見て、ヒョコリとおじぎをする。サーカスで馴らされた熊などがするように単純きわまる、無表情な頭のさげかたである。そして再びボンヤリ三平を見て、シャックリをする)
柴田 ……しかし、そうだとすると、この室に入って来たことになるが? この室には私らが居たんじゃから――
せい でも、私は表の畑に出ていましたし、先生は床の下に入っていらして――その留守に、入って来れば来れない事はないわけですけど――しかし、あれだけのパンが一人で食べられるでしょうか? これ位のが、たしか七つか八つは有りましたよ、ねえ双葉さん?
双葉 ――(泣きやんでいたのが、コックリをする)
三平 君は一体、なんだえ? うん? (一同を見まわして)はじめっから、逃げようとする気も無いらしいんだ。(男に)こら! (男頭を下げる。その腹の辺に手を当てて)やっぱり、こりゃ、みんな食ったんだねえ。えらい腹をしてる!
欣二 ハハハ。
せい どういう人でしょう、これ?
圭子 上野へんに、こんな風な人なら、ずいぶん居ますよ。……頭が馬鹿になっちまってるんだわ。
三平 なりから見ると、どうも、そうらしいね。
柴田 (まじめに、男の顔を正面から見て)君はなんと言う人かね?
男 ……(ふしぎそうに相手を見ている)
欣二 おい、なんとか言えよ。(男のアゴの下をくすぐるような事をする。男、人の良さそうな薄ら笑いをする)よ!
双葉 いいわ。もう、よしてちょうだい。もう。よしてちょうだい!
誠 (それまで椅子にかけたまま、若い男の方を穴のあくほど見つめていたが、双葉のヒステリックな声で、その方を見る)どうしたんだよ?
双葉 もう、たくさん。もう、たくさんだから!
欣二 (男に)おい、いいから出て行きなよ。(男はキョトンと欣二を見ている)
三平 (男の事に興味を失ってしまって)あああ、腹がへった。おせいさん、なんか、なんでもいいから食べさしてくれんかな。
せい はあ、でも、この人が、みんな、なにしちゃって――
双葉 お汁が有るから――
せい いいわフーちゃん、私がやるから――(鍋から椀に汁をよそいはじめる)
欣二 出て行けよ。おい――(男、頭をさげる)
柴田 (欣二が男に対して出しかけた手をとめて)だが、今ごろ、出て行っても、この人だって困るだろう。まあま――
欣二 いいんですよ、こんな奴あ、犬小屋かガード下で寝りゃ、たくさんだ。(相手を睨んでいたが、やがてスタスタ奥へ歩いて行き、壁に立てかけてある梯子に登る)
三平 どうするんだ? ……まあまあ捨てとけば、よい。なにはともあれ、少しこの腹を拵えんことにはねえ。ハハ(圭子に)さあさ、どうぞあなた、おかけになって、さあさ、(馴れ馴れしいインギンさで圭子を自分の傍の椅子に招じて、丁度その時、せい子がよそって双葉が取次いで渡してやった汁の椀を、圭子に当てごう)さあ、どうぞ。
圭子 いえ私は、たくさんですの。(その間に欣二は梯子の上で、こわれて大きな口を開いた天井の穴に右手を突込んで、そこから酒の瓶を取り出す。その間に、せい子は一同の椀に汁をつぎ、双葉がそれを一つ一つ食卓の上に並べ置く。風景だけは夕食の風景になる。誠は黙って汁椀を持って口をつけながら欣二のしている事に眼を附けている)
三平 (その誠の視線を追って欣二を見て)おおお! えらい物が有るじゃないか!
欣二 ふん! (梯子を降りてノッソリ食卓の方へ)
せい (まだ男の前に立っている柴田に)さあ先生、おかけになって。
柴田 だがこの人を――
三平 (欣二に)どうしたんだね? ジンじゃないか。
欣二 入れといたんだ、あすこに。フ! (瓶のセンを抜く)汁はいらん、僕ぁ。(双葉の手からカラの汁椀を取ってそれに瓶の酒を注ぎながら若い男と父の方を見て)お父さん、よしなさい、そんな、よしなさいよ!(柴田がしかたなくノロノロと男のそばを離れて食卓の方へ来て欣二のそばの椅子にかける。せい子が、それに汁椀を渡す。双葉もせい子も既に汁をよそい終って自分達も椅子にかけて食卓についている)チッ! (椀の酒をグーッと一息に飲む。そして瓶の方を三平に渡す)
三平 おっとと! いただくよ、こりゃすばらしい! (と左手に持っていた汁椀の、まだ残っている汁を口をとがらしてガツガツと呑み込んでから、そのカラになった椀に酒をつぐ。その思い切
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