にゴタゴタする筈はないと僕ぁ思う。……もしかすると、君の方に……君の方に、まだこの、みれんと言ったような――
せい そんな、そんな事は有りません。そんな、誠さん――ひどいわ。
誠 じゃ、なぜ――?
せい ……わからない。あなたには、わからないのよ。
誠 ……わからなくたっていいんだ。僕が君をホントになにしている事さえハッキリわかっていれば、そのほかに問題は無いんだから。――そうだろう? 此方へ向きたまえ、そうじゃないの? ……(そうして言葉を切り、首うなだれて立っているせい子の姿を見ているうちにカッとして荒々しく相手の肩をつかむ。その力でせい子がヨロヨロと倒れかける。それを倒れさせまいと、誠がその肩を抱きとめる。――そのままで低くすすりあげているせい子。……薄暗い中で黙ってしまって立っている二人。……やがて天井の電燈がスッとついてあたりが明るくなる。さまで大きい燭光の電燈でもないが今まで暗かったために、まぶしい位に感じる。誠とせい子が身を離して、その辺を見まわす。そしてギョッとする。奥の出入口から室に入ったばかりの所に立停って此方を見ている欣二の姿。――しばらく前からそこに立って二人を見ていたらしい。……間……無表情な欣二の顔。せい子が耐えきれなくなって顔をそむけて炊事場の方へ行く。欣二歩き出して食卓の方へ来る。その欣二を、憎悪のこもった眼を光らせて見ている誠。欣二がユックリ椅子にかける)
誠 ……(低い声で)どうしたんだ?
欣二 ……? (誠の顔を見てニヤリと笑う)
誠 どうしたんだ?
欣二 うん?
誠 ……だまって入って来たりして。
欣二 此処は、兄さんだけの室じゃないだろう?
誠 いや、だから――電燈をなおしていると言うから――
欣二 だから、ついたよ。(あごで天井を指す)テープを僕ぁ取りに来たんだ。そしたら、お父さんが、なおしちゃったらしいや。テープはいらんだろう。フフ!
誠 何を笑う?
欣二 だって、お父さんは電気の事なんか、なんにも知らん。それが、僕がいくらいじくってもなおらんやつを、一人でお父さんがデタラメにいじくっているうちになおっちゃった。フフフ!
誠 欣二、俺ぁ、まじめな気持でしている事だ。それをお前が――許さんぞ僕ぁ!
欣二 兄さんのしている事が、なんでもかんでも、まじめだって事ぁ、知ってるよ。兄さん自身がそう言うんだからそれにまちがいはないさ、だから、それでいいじゃないか。それよりも、さっき、此方でワイワイ言ってたなあ誰なの? どうしたの?
せい ……それは、あの、へんな人が犬小屋に――
欣二 え? 犬小屋――?
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(そこへ、顔の色を変えた双葉が、上手扉から小走りに入って来て、急いで炊事場へ行き、そこの棚の奥の鼠入らずのようになった個所をカタカタ言わせて開ける。室内の三人びっくりしてそれを見ている)
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双葉 ……(かなり大きなアルミのボールのカラのやつを引き出して、ああやっぱりと言った、一度ガックリと落胆した顔)ああ!
欣二 ……どうしたんだい?
双葉 ……うん。……(しばらくボンヤリしていたが、やがて耐えきれなくなって声をあげて泣き出す)
せい まあ、どうしたの、フーちゃん? どうして、そんな――? どうしたんですの? (双葉に寄って、その肩に手をかけ顔をのぞき込む)
柴田 (奥の出入口から入って来て、電燈がついているのでニコニコして)やあ、ついたな。――(しかし直ぐに、双葉の泣いているのに気附いて、びっくりして)……全体――?
双葉 これ! (と、せい子に、からのボールを示す)けさ、ふかしたパン。
せい パンが、しかし、どう――?
双葉 取られちまったの。……夕御飯に、みんな食べる物が無い。……(せい子、事情がわかってハッとしてその辺を見まわす)
柴田 (寄って来て)どうした?
三平 ……(上手扉からスタスタ入って来て、炊事場の双葉とせい子に眼をやり、すぐに事情がわかって)ああ、やっぱり、あいつが、やっちまったのか!
誠 どうしたんです?
三平 なに、なんにも言わんけどね――(何か問いかけそうにする柴田に向って)おお、ホーボ! (身をひるがえして扉を出て行く)
せい ですけども、あんだけのパンを。たりないながら、とにかく五人分ばかり有ったのを――
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(言っている所へ、三平が、きたないなりをした若い男の肩をこづくようにして連れて入って来る。そのうしろから圭子が入って来る。若い男はズボンをはき、藁くずなどの取りついたクシャクシャの頭髪に、真黒によごれたはだし。捕えられたための悪びれた様子は全くなく、ただいぶかるような表情の氷りついたようになった瞳で、喋る相手をキョトリと見ている。最後まで一言も言わないが、それは、言うべき事を持っていなが
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