下で、どっかしら、みんな身体が歪んじゃってる。歪んじまう位に弱いのね。――そして、弱いのは、私どもが低いからじゃないかしらと思うもんだから……(大皿を持って食卓の方へ行き、並べられた食器の間に置く)
圭子 弱いのは事実らしいわね。(ユックリと室内を歩きながら)しかし、全体が高いからとか低いからとか言われてもまるで夢のような気がするけれど。さしあたり、こんな風になっちまってる私など、生きるためには、それこそどんな事をしても、生きなくちゃならないのよ。
双葉 それはそうだわ。……私だって、近い内に働きに出ようと思っているの。私も圭子さんに教わってダンサアになってもいいけど、これじゃ、ねえ。こないだも、道で小さい子が、私の顔を見て、こわがってね、一緒に居るお母さんになんと言ったと思って? ふふ。だもの、だあれも私と踊ってなんかくれるもんですか。(アッサリとした言い方だが、圭子はなにも答えられないでいる)……だけど、圭子さんが、ご自分の事を直ぐに「私なんぞ」とおっしゃるの、私、不賛成だな。
圭子 ……だって、そりゃあなたが、私達のくらしをお知りんならないからだわ。一口にダンサアと言っても色々で、中にゃ立派な人も居るでしようけど――そんな事してたんじゃ一家五人たちまち干乾し。それこそ、アラアの神さまよだわ。ふふ……ずいぶん失礼な生活だわよ。(上手扉の手前の壁のところに立停る)
双葉 …………。
圭子 欣二さんが先刻、病院で私に逢ったって言ってらしった――ただの病院じゃなくってよ、ケンサ。……
双葉 ふむ。……(薄暗い中でも見える位にパッと顔を赤くして、しかし無理に押し出すように言う)だけど、そんな必要が有って?
圭子 …………有るらしいわね、やっぱり。……それが、私達のくらしよ。なにもかにも、むしり取られて、その上――
双葉 …………。
圭子 ……私は近頃、信チンがうらやましくなる事がある。……(そのへんの床の上を見まわして)この辺じゃなかったかしら?
双葉 なあに?
圭子 八月十五日の晩に、信子さん寝ていたの――
双葉 うん、そこだったわ。
圭子 ……信チン、あなたは――(ボンヤリ言いかけて言葉を止め、立ったままその額を壁に押しつけてジッとなってしもう)……。
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(間)
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双葉 (ポツンと、圭子によりも自身に向って言うように)しかし、私は、これでいいと思うの。……みんな、みんな、ひどい事になってしまったけど、しかし、私たちが眼をさまして、自分の正体をハッキリ見るためには、こんな風になる必要が有ったんだわ。……どんなに苦しくても、しかし、私どもが憎んでもいない人たちと戦争をして殺し合っているよりも、まだ、ましだわ。……以前より良い時代が始まったという事を私たちが認めるならば、そこから生れて来るいろんな苦しい事もありのままに認めて、勇気を出して、生き抜いて行かなくちゃ。……そう思うの私。……信姉さんの気持は、私には、よくわからないの。……そりゃ、戦争中、挺身隊やなんかで働いていた気持が真剣だったら、信姉さんと同じようにするのがホントだったかもわからない。……しかし、死んだからって、問題は片づきゃしないと思うの。自分が死んだからって、日本や世界が消えて無くなるわけじゃないんですもの。卑怯だわ。えて勝手だわ。……そう思うと、私、信姉さん憎らしくなるの。
圭子 ……(まだ壁に額をつけている)
双葉 ……こっちへいらっしゃいよ圭子さん。(圭子の方へ行き)いや! そんな風にしているの。(後ろから圭子を抱く)……。
圭子 ……(壁から額を離して、双葉と共に食卓の方へ行きながら)欣二さん、……出征なさる前迄たしか高等学校に行ってらしったんでしょう? そこへ戻れないんですの?
双葉 ……戻れないことは無いでしょうけど、自分の方でそんな気は無いんでしょう。
圭子 おそろしいわ、近頃。不良だなんて、そんなもんじゃないの。……商売人のゴロツキや闇ブローカーなど――それも大概親分株の連中をおどかしちゃ――いいえ、それが金を捲き上げるためとは限らないの。ただ、変な事をしておどかすんだわね。……こないだも本所の方で、ダンスホールのマネジャを斬ったそうだし、……今日なんかも島田って――ゼゲンみたいな事をしている、とってもウルサイ奴よ、そいつを掴まえて病院のガレージの所で話をしているから、チラッと見たら、欣二さん、自分のナイフを自分のここんとこ(左の二の腕を指して)に逆手に突きさして、ニヤニヤ笑っているんだわ。
双葉 …………。
圭子 それを見て島田の方が真青になってブルブル顫えているの。……みんな、とても、おそろしがっている。柴田のフーテン――。
双葉 …………。
圭子 ……応召中、欣二さん、一体、どんな風な事していたの?
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