本の苦しみは自分一人で背負っていると言ったツラだ。……下っ腹がヒクヒクするんですよ、そんなものを見ると。……ヘドが出らあ。ツバ吐《ひ》っかけてやりたい。
双葉 ……兄さんの、キチガイ!
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(間)
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欣二 コーフンするな、フー公。……はは。暗くなっちゃったなあ、電燈はつかないの?
柴田 ……(ポツリと)ああ、ヒューズが飛んでいたのを忘れていた。
欣二 どこんです?
柴田 もとの応接室の方だ。あすこから此方へ引いてあるから。(立つ)
欣二 じゃ外に廻らなくちゃ駄目だな。(立つ)ヒューズは――無いんでしょう? 焼跡から銅線でも拾って来るか。(奥出入口の方へ)
柴田 いや私がやろう。――(フラフラする歩きつきで奥の出入口へ)
欣二 いいんです。(父をわきへどけて奥の出入口から出て行く)
柴田 ……(欣二の後を追って出て行きかけた足をとめて、此方を見て)双葉。
双葉 ……?
柴田 それで――食卓の上に眼をやり、次ぎに上手扉の外を見て)みんなに有るかな?
双葉 けさ、ふかしたパンが有りますから。……足りない分は、私達が少し減らせば――。
柴田 ……(何か言おうとするが言えず、ユックリ歩いて出入口を外へ)
双葉 電燈のことは、ちい兄さんにまかしとおおきになったら――
柴田 なに――欣二には安全器の場所がわからんだろう。(消える)
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(それを見送って炊事場に立っている双葉の顔が、薄暗い中に白くボンヤリ見える。しばらくしてそれがフットかげったのは、両手が顔を蔽うたのである。……上手扉から手に洗った菜を持った圭子が入って来る)
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圭子 はい、これ位でよろしい?
双葉 ……(圭子に気付いて、クルリと棚の方を向き、炊事道具をコトコト言わせる)すみません、お客さまを使ったりして。
圭子 あらあ、たいへん! これ、もむんですの?
双葉 (手を出して)ありがとう。
圭子 いえ私にやらしてよ。(そこに有るマナ板の上にそろえてのせる)ほうちょうは?
双葉 ……(ほうちょうを取って渡す)三平叔父さんは――?
圭子 誠さんと畑の所で話していらっしゃるわ。(コトコトとほうちょうの音)……誠さん、なんだか、とてもお痩せになりましたわねえ。
双葉 そうかしら? でも、あすこから出て来た当座に較べると目方など、とてもふえたって言ってますけど。
圭子 ……どれ位、中にいらしったの?
双葉 一年と、五カ月ばかりだったかしら。(圭子のきざんだ菜をアルミのボールに取って、塩をふりかけて、もむ)
圭子 ……じゃ信子さんとは、とうとうお逢いにならなかったのね?
双葉 ええ、兄さんの出て来たのは、八月の末ですから。
圭子 戦争中、やっぱり、そんな風な、なんかなすっていたんですの?
双葉 さあ、雑誌や新聞の仲間の人達と時々集まって、研究会みたいな事をしていただけじゃないかしら。ソヴィエットの通信員の人が、その会に二三度来たって言うんだけど、それも外国の情報を聞くと言った程度だったんですって。
圭子 ……しかし、たったそれ程の事で一年五カ月。――それも戦争がこんな風にならないでいれば、いつまでだったか……とにかく、あの時分と来たら、誰も彼も頭がどうにかなってしまっていたのね。
双葉 そう。……(もんだ菜に水をかけてかきまわし、その水を流しへこぼす)……だけど、誰も彼も頭がどうにかしているのは、あの時分と限らないじゃないかしら。今でもやっぱし、形こそ違え、同じ事じゃないかしら。……私はそう思うの。――つまり、もともと私たちの程度がまだまだ低いから、それが世の中がグラグラするたんびに、本性がさらけ出されて来るんじゃないかしら。仕方がないと思うの。当分がまんして、私たちみんなの程度の低さを、なんとかして高めて行くほかに、しようがないんじゃないかしら。
圭子 そうね。……(双葉の出した大皿に、ボールの菜をしぼって水を切って、ほぐして並べる)だけど、双葉さんなんか、まだ若いし、とにかく、こうして落着いていらっしゃれるから、うらやましいわ。私なぞ、いくらそうは思っても、もう、しようがないのよ。自分のことだけで、やりきれなくなっているんだわ。
双葉 ……いいえ、私なぞに、そんなえらそうな、人の事がどうのこうのと言えるもんですか。結局は自分の事なの。ただしかし、その自分も日本人の一人だし、日本人全体が背負っている荷物は、その一人分だけは自分も背負っているし……自分の低さが結局日本人全部の低さじゃないかしらと思うもんだから。……私もそうだし、それから、ちい兄さんがあんな風になっちゃってるのも、せい子さんも三平叔父さんも、お父さんだってそうだと思うの。或る意味では誠兄さんにしたって――みんなみんな、そうだわ。重い荷物の
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