、私も加勢しようかな。
双葉 (棚から食器の入れてある目ザルを取って、食卓の方へかかえて来ながら)いいのよ。
三平 まあ、よこしなさい。
双葉 (かまわず、食器――と言っても簡単な、七組ばかりの椀と平皿と箸だけ――を食卓の上に並べながら)だったら、叔父さん、すみませんけど、畑から、チシャを少し取ってきて、井戸でよく洗って来て下さらない? おこうこが、みんなになってたから。
三平 おこうこなんか、無くてもいいだろう。
双葉 うん、チシャをお塩でもんで、ふかしパンと一緒に食べると、おいしいのよ。第一とても栄養が有ってよ。
三平 栄養か。此の際だ、栄養とあれば、取って来ずばなるまい。(ノソノソ上手扉の方へ)
圭子 私が取って来ますわ。(これも上手扉へ)
三平 いやいや、レデイに、そんなあなた――(圭子がいっしょに行くと言うので、恐悦して、もつれるようにして出て行く)
双葉 (その二人の後姿へ)ズーッと向うの端から取ってよ、叔父さん! 引っこ抜かないように外側から一枚一枚もぐのよ。
欣二 あんな寄生虫が食いつぶしてるんだ。あんな奴等あ、一日も早く放り出してしまわないと、フー公、今にお前達ぁひぼしになるよ。
双葉 私はそうは思わないわ。第一、叔父さん、この家のほかに行く所無いじゃないの。もしひぼしになるんだったら、みんな一緒になったらいいんだわ。(炊事場の隅でコトコトとまだ何かの仕度をしながら)
欣二 おせいさんにしたって、そうさ。――見ろ。厨川ってえ男は出征してたってえじゃないか。待ってりゃいいんだ、五年だって六年だって。――それをいくらズットせんになにが有ったからって、あんなガウチョとケロリと出来ちゃってさ。
双葉 嘘、そんなこと! 三平叔父さんがそんな事言って、えばってるだけだわ。そんな――とてもとても、せい子さんて人、やさしい、良い人よ。やさしくって、弱くって、だもんだから、何にでもキツイ事ができない。つい、ズルズルと、流されちもうんだと思うわ。言って見れば、気の毒な方よ。
欣二 豚あ、みんな気の毒かね? 気の毒ついでに、兄きまで引っかけるか? ぜんたい、誠兄さんも兄さんだよ、あんな女に引っかかるなんて――
双葉 引っかけたなんて、そんな事ないわ。
欣二 じゃ兄きの方が引っかけた? 尚、悪いや。
双葉 違うの。私には、大兄さんがせい子さんに好意を持つの、わかる。きれいな人よ、せい子さんて。ううん顔やなんかでないの。ここ。(と自分の胸を指す)大兄さん、寂しいのよ。ひもじいのよ心持が。そいで、せい子さんに、なにしたんだわ。せい子さんの、やさしい、そして弱い所が大兄さんを引きつけたのよ。
欣二 へっ! ヘヘ、笑わすなよ。お前に何がわかる!(もうかなり前に、それまで背後の窓を明るくしていた夕陽の光がスーッと消え、それから暫く、夕暮れの明りが差していたのが次第に薄暗くなって来ている)
柴田 (その薄暗い中で、欣二の顔をマジマジと見ていたのが、嘆息して)欣二……お前も、頼むから……もう、いいかげんにしてくれないか。
欣二 ……なんです?
柴田 そのお前の――
欣二 だって、そうじゃありませんか。兄さんだけじゃない、あんな女あ、今に、お父さんまで引っかけにかかりますよ。
柴田 なんと言うことを――
欣二 お父さんにゃ、わからねえんだ。おせいさんは、実は、叔父さんよりも兄さんよりも、お父さんに惚れているね。
柴田 ばかな事を言うもんじゃない。……私の言ってるのは、お前自身のことだ。なにが善くて、なにが悪いかという事は、お前には、わかっている。いいや、シラをきっても、だめだ。いくらお前が悪くなったふりをしても、私はお前の父親だ、ごまかされはしないよ。お前はやっぱり、内の欣坊だ。中学から高等学校まで、殆んど首席で通して来た――気のやさしい、曲った事のきらいな柴田欣二だ。もう、よいかげんに、つまらない事をして歩くのも、やめておくれ。
欣二 ……(不意に黙りこむ。間。――戸外からかすかに流れて来る三平の「アイアイアイ」の歌声)
柴田 え? お前達青年がシャンとしてくれないで、これからどうなる? この国のなにもかも――やりなおしが、うまく行くか行かぬか――いっさいがっさいが、お前達にかかっている。負けて倒れた人間が自分の非をハッキリと認めると同時にだ、自分のいのち、自分達のいのちの在りどころに自信を持つ。この国の、民族のいのちの正当さを掴むのだ。それには青年の力が必要だ。……私のこういう気持、わかるね? 考えてくれ。お前のことを、なによりも、誰よりも大事にかけて私は――ねえ欣二。
欣二 ……(ケロリトした調子で)お父さんだってヘドを吐くじゃありませんか。フフ! ヘドだ。鼻もちがならん。……どいつもこいつも黄色い顔の中から、モグラモチのような眼をして……日
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