さい。(西洋風にていねいに椅子をすすめる)
圭子 はあ。(帰ろうとするでもなく、椅子にかける)
欣二 (扉の近くへ来て、自然に、机にかがみこんで校正をしている誠を目に入れて)兄さん、チーズ食べない?
誠 うん。(頭をあげない)
欣二 兄さんとこじゃ、工場の方に社長派の連中が、だいぶもぐり込んでしまったそうじゃないの?
誠 …………。
欣二 社長派の方でも、いよいよ本腰を据えたらしいね。暴力団などにもわたりを付けたんだって?
誠 そんな事ぁないだろう。……僕ぁ雑誌の編集の方だから、新聞の争議から言やあ、今のところ少しわきに寄ってるんで、よくは知らんが……(欣二の方を振向いて)君ぁ、どこでそんな事聞いた?
欣二 ううん、チョットそんな噂でね。……だけど、いよいよとなりゃ、兄さん達もいっしょにやるんだろ?
誠 そうさね。……しかし、まだそれ程でもないだろう。
欣二 だって、兄さん組合の委員の一人なんだろ?
誠 うん、まあ。……だけど、お前なんでそんな事言うんだい?
欣二 なんで?
誠 ばかに気にするじゃないか?
欣二 ……(笑って)僕がその事を言うと、よごれでもするかね?
誠 (相手の言葉の中に含まれているトゲに気附かぬふりで)そんな事ぁないさ。
欣二 ついでの事だ、あっちでもこっちでもムチャクチャに騒いで、なにもかもガタガタになって見ないかなあ。面白いじゃないか。
誠 ……(黙って校正にかかる)
圭子 (三平と柴田にかけて)間もなく、信子さんの一周忌でございますわね?
柴田 はあ、いや、まあ――
圭子 クラス会の方、どなたか見えますかしら?
三平 ああ、信子と、あなた、同じクラス――? 医学校の――?
圭子 いえ、女学校でいっしょでしたの。もっとも私は三年でよしたもんですけど、それまで仲よくしていただきました。信チン――皆でそう言って――以前から、あんなにおとなしい、しつかりした方が、どうしてまたって皆でそう話し合ったんですの。いえ、あの方なら、そんな気持におなりになるにちがいないと言う人もいますけど……けっきょくの所、わかったようでいて、よくわからないんですの。あんまりアッサリとあっけなくて、なんですか――
欣二 (クルリとそっちを向いて)おい君、姉さんの事言うなあ、よせ!
圭子 ……どうして?
欣二 どうして?……聞きたきゃ、てめえのマタグラに聞けよ。(端麗な顔を歪めもしないでアッサリと言う)
三平 ……なにを欣二、お前そんな失礼な――いや、どうも、はははは!(誠がフイと立上って校正刷を持って上手扉から外へ出て行く)
三平 ははは、チョンガアが気を立てるわい。
欣二 気を立てるってなあ、こんなもんじゃねえや。ヘヘ、おせいさん、どこい行ったの?
柴田 欣二、お前、酒を飲んだなあ?
欣二 酒を飲んだってなあ、こんなもんじゃありません。……それ、なぜ食わないんです?
柴田 うむ、しかし後で、夕飯の時に、みんなでこの――
欣二 みんなで食うだけは無い。食べなさい。ほら! (しつこく、チーズを手に取って父の口の所へ差しつけて行く)ほら、さ!(無理に父の口にねじこむ。柴田しかたなく食う)
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(上手扉から双葉がバケツをさげて入って来る)
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圭子 ……双葉さん、今日は。
双葉 あら、圭子さん……ようこそ。ちっとも知らなかった。
欣二 (肩越しに双葉を振返って見る)……。
双葉 まあ、ちい兄さん、どこい行ってたの?
欣二 どこいも行きやしないよ。
双葉 だって――(炊事場へ行ってバケツを置く)この四五日、まるきり帰って来ないんだもの。
欣二 (それには答えないで)飯の仕度かね? 有るの、なにか?
双葉 ……有る。
欣二 ホント? ホントなら、(圭子をあごで指して)この人にも、なんか少し食べさしておくれよ。
双葉 (小さな声で)いいわ。……(つとめて明るく)ただし、なんにも御馳走は無くってよ。
圭子 あら、私なら、いいんですのよ。直ぐ失礼しますから。信チン――信子さんに、チョット拝ましていただこうと思って私、寄せて貰ったんですから――。
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(柴田がこのとき、ゲーゲーと言って、食べた物を吐いてしもう。ポケットから紙を出して口を拭く)
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双葉 どうしたの?
柴田 うむ、どうも――なんだ、(もう一つゲェと言って、ツバを吐く)いや、なんでもない。チョットむかむかしたが、もう治った。
欣二 チェッ! しょうがねえなあ。
三平 飢えた胃袋にチーズは受付けまい。日本人の胃袋は、先ず、文明人の食いものとは縁が切れたね。
双葉 (圭子に)あの、チョット失礼して、仕度をしますわね。(鍋のふたを取って見てから、それを七輪からおろし、ヤカンに水を入れて火にかける)
三平 どれどれ
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