ロボウ――ひどいわあ! まだ、鼠のシッポほどにもなっていないのを。おお、おお、代代の聖人様! おしりをつねりたまえ日本人の。(言いながら、手は野菜をきざみ、それを大きな鍋に入れ、バケツの水を注ぎ、ザブザブと洗って、水をゆすぎこぼし、又水を入れてふたをして置き、さてそれから七輪に火を燃すべく、薪を取って手斧でコツンコツンと割る。既に夕飯の支度に入っているのである)どっこいしょと!
三平 みんなドロボウになったのだな。二三日前も電車の中で三十恰好のりっぱな男が二人で工場へ出て働くよりか闇をやっている商人や百姓を脅迫して物資をかっぱらって来るのが率が良いと言う話をしているのさ。(その間に双葉は七輪に火を燃しつけて大きい鍋をかける。その煙)それが、なんと、ぐるりの人がチャンと聞いている電車の中で、かくべつ声を小さくするわけでもない。ちょっと、これには感服した。…〔Engan~ado como a un nin~o, ay, ay, ay!〕
双葉 (三平の歌に合せて)Ay, ay, ay!
三平 Pero nunca se lo digas!
双葉 だけど、せい子さん、どうしたんかな? 早く帰ってくれないと、私、困っちもう。
柴田 たりないかね?
双葉 ううん、そう言うわけでもないけど――。(考え込もうとする自分を振りきるように、二三のフキンを棚から取り、バケツをさげて、上手扉の方へ)
柴田 水か? どれ、私が汲んで来よう。
双葉 お父さんはそこに居て下さい。
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(そこへ上手から、ぬれた手拭で額をおさえながら誠が入って来る。坐り机の方へ行く)
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双葉 ……どうしたの兄さん?
誠 ……うん。(机の前に坐って再び鉛筆をとりあげる)
双葉 お仕事?
誠 なに、又――
双葉 校正なら、私、やったげる。
誠 いいんだよ。今日はチョットだ。
双葉 でも、とにかく、あとでなすったら?
誠 うん。
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(双葉、兄の方を見ながら出て行く)
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柴田 ……(誠の後姿を見守りながら)あとでやったら、どうだ?……疲れている。
誠 ……いいんです。(父の方を見ないようにして鉛筆を動かす)
声 ただいまあ。
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(その声がしてからチョット間を置いて、次男の欣二が奥の出入口からノッソリ入って来る。上等のワイシャツに、麻のズボン、レーンハットに青い靴下、背広の上衣は脱いで左腕にかけている。顔つきも身体つきも、殆んど男装した若い女のようにやさしい青年)
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柴田 ……お帰り。
三平 どうした、欣二?
欣二 (ニコニコ笑って)ええ。……(自分の入って来た出入口の方を振返って)おい君、はいりたまえよ。
三平 ……[#「……」は底本では「…‥」](誰か出て来るかと思って同じくそちらを見るが、誰も出て来ないので)誰だえ?
欣二 ううん。……はいれよ、サッサと。(言い捨てて自分は食卓の方へ行き、帽子を脱ぎ、上衣といっしょに食卓に置き、椅子にかけて、父親の顔をむさぼるように見る)
柴田 誰かお客さんかね?
欣二 お父さん、また、痩せちゃった。
柴田 うむ? いや……(頬を撫でる)
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(そこへ、出入口から圭子入って来る。思い切ってドギツイ、レンガ色の化粧をして真紅に唇を描き、はでなスーツに絹のストッキングに、大型のハンドバックを持った若い女。少しきまり悪いのをかくすために、かえって馴々しすぎる表情)
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三平 やあ!
圭子 今日わあ。(頭は下げないで、胴なかをクネクネさせ上眼使いに相手の顔を正面から見ながら眼に物を言わせる式のお辞儀)しばらくでございました。
柴田 ええと、たしか――(誰だかわからないで、びっくりしている)
欣二 ははは。
圭子 ……(柴田に)私、ズットせん、信子さんとこに寄せて貰っていました加藤――
柴田 ああ信子のお友達の――
圭子 圭子と申しますの。
欣二 コじゃなくって、ケイトだろう。ケティとも言う。(ポケットから小さな紙包みを出し、紙をはがして父の前に差し出す)お父さん、食べて下さい。
柴田 (ドギマギして)なんだ?
敬二 チーズ。買ったんじゃない、貰ったんだ。
圭子 (色っぽく欣二を睨んで)おぼえていらっしゃい、欣二さん!
欣二 なんでもいいから気取って、はずかしがったりして見せるのはよせって言うんだ。かん違いはしない方がいい。僕ぁ、ただ島田の松の後を追って病院へ行ったら、そこに君が青くなって顫えているから一緒に連れて来たまでだよ。
圭子 悪うござんしたねえ一緒に来て。それじゃ私ぁ出て行ってよ。
欣二 ふん。(わきを向いて三平に)双葉は?
三平 そこに居る。(圭子に)まあまあ、おかけな
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