渡来して来て社会生活をやって来たモンゴリヤ系の一群の人間達です。それでいて、僕等の尊厳や価値が一分一厘だって増減したりはしませんよ。大和民族を神聖化したり、皇室をタブーにしたりする必要も必然性もないんだ。待って下さい。……お父さんは、直ぐに民族と言います。しかし、それは全体、なんの事です? 誰を指しておっしゃるんです? いいえ、僕にとっては、民族は、今、現に、此処に手でつかめる姿で生きて働いているわれわれの社会の、これらの人間のことです。苦しい条件の中で生きようとあがいている人間のことです。……お父さんの民族は、どこに居ます? お父さんの国はどこに有るんです? そいつは、普遍妥当に存在しているんですか? つまり、実はどこにも存在してやしないんだ。強いて言えばお父さんの頭の中に存在しているだけなんですよ。
柴田 (立ちあがっている)違う。それは違うよ。
誠 お父さんは愛する愛すると言いながら、実は現実には誰も愛していないんだ。広い事を言う必要はない、現に、お母さんは殆んどお父さんのために犠牲になって――生活の苦しみを一手に引受け、僕等を育てるために自分一人で内職をしたり質屋に通ったり借金にまわったり、しまいに病気で倒れて死んだんです。……僕はよく憶えています。それから信子です。あの若さで、信子が、なぜ死んだと思います? 負けいくさのためじゃありません。信子は、お父さんから、むやみに神秘的な民族主義をふき込まれ、神がかりの精神教育で育てられたために、せっかく医学をやっていたくせに物事を合理的に考える力も、ネバリ強く耐えて行く力もなくしてしまったんだ。だから日本が戦争に敗北したのを、即ち自分が敗北したように思ってしまった。信子は純粋な奴でしたよ。純粋なだけに、ほかの考えようがなかったんだ。……僕が高等学校時分からお父さんに背いて別の方へ歩き出したために、信子はお父さんにお父さんの信念をシャブらされて育ったんだ。つまりお父さんの信念の申し子だった。つまり、お父さんの信念が、信子を殺したんだ。……お母さん、それから信子……それから、こうして僕、双葉、欣二にしても――お父さんは、ホントは誰も愛しちゃいないんですよ。(立って、プイと上手の扉から出て行ってしまう)
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(間――柴田は誠の後姿を見送っていたが、やがて椅子にかけて、自分の前を見つめる)
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三平 ……(先程からジロリジロリと誠の方を見ながら鼻毛を抜いていたが)ふ――む……いかんなあ。
柴田 …………
三平 どう言うんだんね?
柴田 ……う?
三平 いやあ、あれはどうも、此処が(と自分の胸を指して)だいぶ進んで来たんじゃないかなあ?
柴田 ……?
三平 ハハ、どうです、あれにも早くワイフを持たしてやらんといけんたい。(脈絡の無い事を平気で言ってニヤニヤする)
柴田 ……(再び自身の考えの中に落ちてしばらく黙っていてから)私ぁ、そんなにむごく扱ったかなあ?
三平 なに?
柴田 いや……咲子をさ。
三平 姉さんを? いやあ、そんな事あ、ありませんよ。私の方へはズーッと手紙をくれていたから、知っている――姉さんはすべてに満足して、幸福に――
柴田 いや、咲子にしても、信子にしても……それから誠にしても双葉や欣二にしてもだ、これだけ私は気にかけて――正直のところ、あれたちが、うまくやって行くためになら、もし必要とあれば、自分の手足をもいで食べさしてやってもよいと思っている。
三平 やあ、そいつは、しかし、まずいでしょうな。ははは。
柴田 うむ?(相手の諧謔がわからぬ)……いやさ、あれは全体、何を言っているのだ? 私にどうしろと言っているのだ? ……(気が抜けたように空を見ている両眼から涙が流れる。それを拭きもしないで、ボンヤリ坐っている)
双葉の声 ……兄さん、そっちい行って、カボチャの根っこの所を、ふんづけちゃ駄目よ。兄さんてば!――(言いながら上手扉から入って来る。手に畑で採ったふだん草やサツマ芋の葉などを水で洗ったばかりで滴のたれているのを持っている。炊事場へ行きながら)叔父さん、カボチャの花は食べられるんですって?
三平 うん?……そりゃまあ、食って食えない事もなかろうが――
双葉 スープに入れたら綺麗だろうと思うの。
三平 スープか……
双葉 (野菜を、マナイタの上で揃えながら)サツマイモのはじん所、お父さん掘ったんですか?
柴田 サツマイモ? いやあ――(まだボンヤリしている)
双葉 一番向うのウネの五本ほどひっこ抜いてあるの。じゃ、せい子さんかしら。(父の方を振返って見る)
柴田 (やっと我れに返って、少しドギマギして)いやあ――おせいさんも、掘りはせんだろう。
双葉 ……でしょう? まだ、実なんか入っちゃいないんですもの。じゃ又、ド
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