双葉 なんか、無電の方で水雷に乗り込んで――
圭子 ふーん……。
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(そこへ、奥の出入口から、疲れ果てたせい子が戻って来る)
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双葉 ……お帰んなさい。
せい ああフーちゃん。……(食卓のわきの椅子にかけて、溜息をつく)
双葉 どうしたの?
せい ……どうしても返してくれない。
双葉 え?
せい (それには答えないで)……そいで、フーちゃんの方どうでした、なんか買えて?
双葉 ……駄目。みんな二千三千という現金を、前もって、なんにも言わないで、お百姓のうちへ置いて来るんだわ。そこい又、布地だとか地下足袋なんぞ持ってってやるんですもの。三十円や五十円持って私たちが行ったって、はなも引っかけてくれない。
せい ……でしょうねえ。――配給所の方も昨日も今日も私聞きに行ったけど、いつになったら入荷するか、けんとうが附かないと言うし。……欣二さんの買って来て下すった麦も、おとついでみんなになって――明日の朝から、まるでもう、なんにも無いんだけど、ねえ双葉ちゃん、……どうしたらいいかしら?……(双葉答えず。せい子の背後に位置していた圭子が、その時身じろぎをしたので、せい子がはじめて気附いて)あら……(黙って頭をさげる圭子)……いらっしゃいまし。
双葉 ……圭子さん――
せい ……失礼いたしました、気が附かないで――(少し笑う)まあ、なんて暗いんでしようねえ……あ、そうそう、電燈が悪くなっていたっけ。
双葉 お父さんと、ちい兄さんが直しに行ってる。
せい 欣二さん、帰って来たのね?……そいで、誠さんやなんかは――?
双葉 裏の畑。
せい そう。……さてと、お夕飯の仕度――(立って炊事場の方へ)
双葉 私、おつゆを拵えたの。ミソが無いから塩だけなんだけど。
せい そう、そりゃ、ありがたいわ。パンが有るから、そいで結構ですとも。ええと――
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(その時、上手扉の奥の戸外のかなり難れた所で、三平が、大きくどなり立てる声、「なんだ、君ぁ?」「どうして、こんな所で……」「君ぁ、ぜんたい、なんだ!」など言うのが聞きとれるだけで、まだいろいろに言っている言葉はハッキリしない)
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双葉 ……どうしたんだろ?
せい 叔父さんと――誠さんが、なにか――?(双葉と眼を見合わしている。戸外では、まだ三平がどなっている。……双葉、思い切って、急ぎ足に上手扉から出て行く。それに続いて圭子も出て行く。せい子も一緒に行きかけるが、急に三平と誠とが喧嘩でもしている姿が頭に来て、立ちすくむ。薄暗がりの中で、その顔と着くずれた着物から洩れている襟元が白く浮きあがっている。……ブルブル顫える片手を頸のところへ持って行きながら、いくらかおだやかになった戸外の声に、耳を澄している。……ソロソロと上手扉の方へ)
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(そこへ、背後を振り返りながら、誠が入って来る)
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せい あ!
誠 ……(立停ってすかすようにして見て、せい子を認め、チョットの間、見守っていてから、ユックリと自分の机の方へ行き、手に持っていた校正刷を机の上に置く)
せい ――どうなすったんですの?
誠 え?
せい 叔父さんと、なにか――?
誠 ……へんな男が居たんですよ。
せい (相手の言葉の意味がのみこめないで)え? 男――?
誠 こわれかかった犬小屋があるでしょう、畑の隅に。あの中にもぐり込んで寝ていた。叔父さんが見つけて引っぱり出したけど、何を聞いても黙ってシャックリばかりしている。
せい へえ。犬小屋にねえ。……なんか悪い事でもするんじゃないでしょうか?
誠 そんな事ぁないでしょう……暗いなあ。
せい 先生と欣二さんが電燈、なおして下すっているそうですけど。……そいで、その人、なんですの?
誠 さあ。――捨てとけばいい。
せい そうでしょうか。……おなかがおすきんなったでしょう? 直ぐに御飯にしますから――
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(戸外の方を気にしながらも、食卓の方へ戻り、その上の食器などを見しらべて、炊事場へ行き鍋のふたを取って中を見たりする。誠は机の端に腰をおろして、薄闇をすかしてせい子の方をジッと見ている。せい子、鍋を持上げて、食卓にのせる。それから、七輪に火を起こそうとするが小さい薪が無いので、手斧を取ってコツンコツンと割る)
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誠 ――せい子さん……厨川の方は、どうしたんです?
せい え?……ええ。
誠 どうしました?
せい どうって――私の方では、別に、どうしようもないんですから。
誠 どうしようもないと言ったって――そりゃ、先方が籍を抜いてくれなければ、形の上では差し当りどうしようもないにはないけれど、しかし問題は、あなた自身の心持次第でホ
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