゚ていた末に、頭をさげる。双葉、急に少女らしくはにかんで、黙ったままキクンとお辞儀をする)
誠 どこへ行ってたの?
双葉 ……うん、買い出し。(言いながら、兄の方を向いた顔の右半面の、こめかみの辺から二寸位の巾で咽喉の右側へかけて、薄紅く光った、むざんなひきつり疵。左半面の美しさとギョッとするような対照をなしている)
誠 うまく買えたかね?(せきをする)
双葉 アブレ。……どうなすって、兄さん?
誠 うん……(せきが続けざまに出る)
双葉 お水、あげましょうか?……(下手の炊事場の方へ行きかけて、ストンと膝を突いてしもう)
誠 (せきの中から苦しそうに)いいよ。すぐおさまる。
双葉 ……(立ちあがってバケツの方へ。黙って食器棚の上からコップを取って水をつぎ、兄の所へ持って来る)はい。
誠 (半身を起して水を呑む。せきが少しおさまる)ありがとう。
双葉 お父さんは?
誠 知らん。
清水 先生は、この下にいらっしゃるんです。
双葉 あら、また! よして下さいって、あんなに言っといたのに。(床穴の方へ)
清水 僕も、そう言ったんですが――僕は、学校の、先生の講義を聴いています清水――
双葉 おぼえています。ズッとせん、出征なさる前に一二度お見えんなりました。いつお戻りんなりまして? どの方面――?
清水 自分はクェゼリンでした。
双葉 (相手の失われた片腕に目をとめて)……その腕は、それじゃ――?
清水 やあ。……(からだの左側をかくすようにして微笑)
双葉 ……(床穴を覗き込もうとした姿勢をチャンと坐り、床に手をついて頭を下げ)……御苦労さまでした。
清水 はあ。(足をそろえて礼を返す)
双葉 ……(床穴へ向って)お父さん! お父さん!(返事なし。双葉その辺を見まわして)――せい子おばさんは、どこかしら?
誠 表の畑じゃないかね。
清水 そりゃ、先程――お光とか言う人を追っかけて、出て行かれました。
双葉 へえ、そいじゃ、お光さん、又来たのね――(兄を見るが、誠は無表情な顔をして黙っている。そこへ下手の奥から外国語の鼻歌の声(〔Si alguna vez en tu pecho, ay ay ay, mi carin~o no lo abrigas〕)がノンビリと近づき、やがて奥の出入口から、中年過ぎの、思い切ってはでな、しかしよごれた洋服にネクタイはせず、カウボーイのようにつばの広い帽子をかぶり、歌声のノンビリさにふさわしくなく、なにか良くない病気で、もはや治すことの出来ない根深いやつを持ってでもいるように陰気な富本三平がポケットに両手を突込んでヒョコヒョコと入って来る)……お帰んなさい、三平叔父さん。
三平 や。(鼻歌のつづき)〔Engan~ado como a un nin~o.〕
双葉 (床下を覗きこんで)お父さん! お父さん!
三平 どうしたね?(アクセントが少し変である)
双葉 またお父さん、防空壕うずめてんの。
三平 そりゃ、いかん。これ、兄さん!(床板を足で踏む)ヘイ! 出て来い、こら!(ドンドン踏む)
双葉 お父さん! どうなすって? お父さん!
柴田 (床穴から首を出す。寝ぼけてキョロキョロと周囲を見まわしたり、眼をこすったり)う、ど、どうした?
三平 ユーこそ、どうした?(柴田の身体に手をかけて引き上げる)
双葉 (これも共に父親を引き上げながら)だめ、お父さん! あれほど言ってるのに!
柴田 いや、なに――(やっと我れに返って、双葉に助けられて椅子の方へ来ながら)びっくりした。――又、空襲がはじまったかと思った。――
三平 なにを夢を見ている?
柴田 いつの間にか、眠っちまっていたらしい。いきなり、ドカンドカンとお前、――びっくりして眼を開くと、まっくらだろう? はは、はは。
三平 しかしフロアの下で眠ってしもう奴もないじゃないか。
双葉 それだけ疲れていらっしゃるのに――(柴田がクシャンとくしゃみをする)そら、ごらんなさい、風邪ひいちゃった!
清水 ……僕、今日は、これで失礼します。(頭を下げる)
柴田 どうも、なんだ、失敬した。そうかね。いずれ、なんだ――ええと、ジャガイモは、どうも――(食卓の上を眼で捜すとイモは無くてフロシキだけ)
清水 ……(そのフロシキをクシャクシャにして右手で掻き寄せ、ポケットに突込みながら、うつ向いている顔から、ポタポタポタと涙が食卓の上に垂れる。双葉と柴田と三平と誠が次々にそれに気附いて、びっくりしている。――清水、その涙を横なぐりに右腕で拭いて、柴田を正面から見る)……先生は馬鹿です。(ふるえる唇で低く言って、クルリと背を向けて、スタスタと奥の出入口から去る)
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三平 ……どうしたな、今のは――?
柴田 うむ。
三平 泣
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