Aみんな持って行くんですか?
お光 ……
清水 此処でも困っていられるんだから……。(相手は、すましてイモを袋に入れ終って、椅子から立つ。清水も思わず立ちあがっている)君んとこの事情も、なんだけれど……
お光 ……(どっちから出て行こうと奥の出入口と上手の扉の方をかわるがわる見やりながら)あんた、どなたですか?
清水 いや、僕あ――しかし、せめて半分位――
お光 (ニヤリとして)金さえ返して下さりゃ、こんなもん要りませんよ。
清水 (言句に詰ってカッとして歯をガチガチ鳴らしながら)そ、そ、そりゃ君! ――先生は、柴田先生は――腹が、すいて、栄養不良なんだ。先生には食い物が無いんだ。少しは――少しは、それを考えて君――
お光 私んちでも、栄養不良ですよ。(別に反感もなく単純に言い捨てて、背の幼児を一つゆすぶってから、ふくらんだ買物袋を下げて、サッサと奥の出入口の方へ。……清水は今にもそれに掴みかからんばかりに片手をブルブルと顫わしながら、しかし立っている所から動けないでいる。そこへせい子が戻って来る)
せい ……あの――(眼がお光の後姿に行き、それから清水を見て、食卓の上のほどかれて放り出されたフロシキへ。ハッとして、再びお光を見、清水の顔を見る。不意に顔色を変えて、背後からお光にかじりついて行く)ま、あんた! お光さん! 待って下さい! そりゃ、あんた、あんまりひどい! 先生が、いえ、この方がなにした物を、それじゃ、まるであんた!
お光 ……(かじり付いた相手を猛烈な勢いで振切る。ベリベリッと音がして、ちぎれたお光の片袖を手に握ったまませい子がはねとばされて、床の上に倒れる。その拍子にお光自身もヨロヨロとして傍の壁にドシンとぶつかって倒れそうになるが、踏みこらえて、サッと出入口へ消える)
せい ま、待って! 待って!(はね起きて)そんな事って――畜――(ヒーッと言うような叫声になって、出入口から外へ)
清水 ……(それを見送って棒立ちになっている)
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(間)
(シーンとして、床下の音もしない――。清水が青い顔で歩き出す。――柴田の居るあたりの床を見る。斜陽のためにスーと明るくなった窓。ユックリと無意識に歩く。室の中央に立停って、正面をジッと睨む。やがて床下へ向って)――先生! 先生!(床下からは何の音もして来ない。又二三歩歩いて行き食卓のわきの腰掛にかける。そしてジッと動かなくなる……間……)
(上手の扉から、長男の誠が入って来る。みすぼらしい背広にハンチングにズックの手さげカバン。ひどく憔悴している。冷静な、時に過度におさえつけたような傍観的態度。ものを言い出すときに時々乾いて前歯にへばり附いた唇をひっぺがすのが、痙攣するような、場合によって相手を嘲笑しているような表情を与える。――扉の外でぬいだ破れ靴を扉の傍に置いて、室内を見まわした眼が自然に清水にとまり、しばらく見ているが、清水はこちらに気が附かぬ。誠は別に言葉をかけようとするでもなく、ユックリと室内を見まわした末に、上手前寄りの坐る式の机の所へ来て、ズックのカバンを机の上にバタリと置く)
[#ここで字下げ終わり]
清水 ……(その音で、ちょっとの間、ボンヤリと誠を見ていてから、われに返って)やあ……。
誠 いらっしゃい。――みんな、どうしたんでしょう?
清水 ……ええ、ちょっと、その、待たせて貰っているんで――(腰をあげる)
誠 いいんです。……(疲れきった様子で坐りながら)どうぞ、ごゆっくり。――失礼。(机の前に敷いてあるきたない座ぶとんを四つに折って、それを枕に床の上にじかにゴロリとあおむけに寝る)疲れているもんだから――(軽いせきをはじめる)
清水 はあ、いや――。(その時、同じ上手の扉の、誠が入った時にしめ切らないで少し開いていたのを、外からスッと押す片手が見える)
声 ただいまあ。……(その手が、からのリュックサックを室内に突き入れながら)兄さん――誠兄さん!
誠 ……おい。――双葉か?
声 やっぱり、兄さんだった。……駅んとこで、ガードの下を歩いて来るの、そうじゃないかと思って、急いで来たけど……(外で靴をぬいだり、バタバタと着物のほこりをはたいたりしながら)……駆け出そうと思っても、膝がガクガクしてだめなの。……(言いながら、次女の双葉が入って来る。簡単なブラウスに男のズボンをはき、左手にズック靴、右手の手拭いでズボンのすそを払いながら)足に豆が出来ちゃったわあ。アラアの神よ代々の聖人様よ……(言いながら靴を扉のわきに置き、食卓の方を見ると、そこに兄ではなく清水が立って此方を見つめているので、不意に口をつぐんで黙ってしまう。そして立った彼女の顔の左半面の、咲いたばかりの花のような勁《つよ》さ)
清水 ……やあ。(マジマジと相手を見つ
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