ィ父つぁんに、おかげで、やっと自分の家に住めるようになりましたって、涙を流してお礼をおっしゃったんですからね。そりゃお人がらな、なんですよ、ふん!
せい ええ、私は、なんです、戦災に逢って、こちらに御厄介になっている者で――
柴田 この人は、まあ、遠縁にあたる人で、……なんだ、まあ、こうして家事をやってくれている――
お光 そいじゃ口出しをしないでいて下さいよ。ヘ、なによ言ってやがんだい!
柴田 ――ホントに、実に相済まんが、一両日中には本を売払って、いくらかでも持参するようにするから、今日のところは、ひとつ、お光さん――(くやしそうにお光を睨んで立っていたせい子が、プイと上手の扉から外へ出て行く)
お光 駄目ですよ先生。私等だって、もうあなた人さまに同情なんかしちゃ居れないんです。昨日っから、昨日の朝っから、親子六人が、身になるものは何一つ喰っちゃ居ません。この子が、あなた(と背中の幼児を邪慳にゆり動かして寝顔を肩ごしに覗き込む。幼児はそうされても眼をさまさぬ)こうしているのを、ただ眠っていると思うんですか? はいるものが入ってないから、弱っちまって、こうなんでさあ。四五日前から、私あ、お乳があがっちゃっているんです。
柴田 ……相済まぬ。明日にでも必らずなんとかするから――
お光 だめ。手ぶらじゃ、私、帰れないんですから。
柴田 そんなことを言われても――
お光 待たしてもらいます。どうせ、あなた、帰ったからって、食う物ひとかけら有るわけじゃなし、腹のへるぶんにゃどこに居たって同じなんですからね、ヘヘ。
柴田 ……困ったなあ、どうも――。
せい (上手の扉を開けて現われる。お光を尻目にかけて)先生、あの、小さいシャベル、ごぞんじない?
柴田 シャベルなら、この下に、まだ置きっぱなしだが。なにをやるんだね?
せい いえ、ちょっと、カボチャの根に堆肥をやるんですの。
柴田 そりゃ、明日にでもしたら――そうさな、ちょっと待ってくれ。(救われたように床の切穴の所に行き、ふちに手をかけて、足をおろす)
せい いいんですか?
柴田 なあに――(床下に姿を消す)
お光 カボチャですか?(せい子返事をしない)ふふ。(返事をされないのにも別に気を悪くした様子もなく、その辺を見まわしていた眼が食卓の端にのっているジャガイモの包に行く。スッとその方へにじり寄って、包の端を開いて覗く)まあ、みごとなおジャガですわねえ? お宅でとれたの?……(せい子返事が出来ないでいる)よござんすわねえ、ずいぶんたくさん有るじゃありませんかあ!(包をほどいてしもう)まあ、こんな大きい。(ゴロゴロゴロところがり出して床へ落ちた芋の二つ三つを拾い取って)へえ!(チョットそれを見ていてから)……ねえ、これを少し分けていただけないでしょうかねえ?
せい でも――(清水を見る。清水はへんな顔をしてお光を見ている)
お光 いいでしょう? そうすりゃ、とにかく、帰って行っても、私、お父つぁんに叱られないで済むんですからさ。
せい それは、しかし先生に――
柴田 (同時に床穴から首をもたげて、泥だらけの小さいシャベルをせい子の方へ出す)おい来た。
せい はい。――(受取るが、眼は直ぐお光の方へ)
柴田 なんだ?
せい そのねえ、おジャガを分けてくれって、お光さんが――
柴田 そう。そりゃ……そうさな、そりゃまあ、いいだろうが――そりゃ清水君達が――(清水の方を見る)
清水 それは、先生んとこの物です。
柴田 うむ、そりゃ、あんたんとこも困っているんだから――
お光 はい、ありがとうございます。
柴田 (礼を言われてしまって困って)いや、その――おせいさん、ひとつ、あんた、いいようにその――私あ、もうチョット、この下を、なにして――(床下に引っこむ)
お光 ……(黙って立っているせい子の顔を、光る眼でジッと見つめる)
せい ……(しばらく黙っていてから、ヒステリックに)いえ、私あ知りません! 私あ知りませんよ。私あ、此処のかかりうどに過ぎないんですから、そんな事知らないんですよ!(シャベルを持って小走りに扉から消える)
お光 ……(その後姿を見送ってから、チョットの間ジッとしていたが、清水の方をチラリと見てニヤリとして、次ぎに獣のようなすばやさで膝の上に置いていた買物袋の中へジャガイモをさらいこみはじめる)
清水 ……(それを見て口の中でアッと叫び、なにか言葉をかけそうにするが言えない。――その間もお光はサッサとジャガイモを袋に詰めている。――その時、床下で、土を叩く鈍い音がドシン、ドシンと間を置いてする。清水その方を見る。――やがて、その眼をお光に移して、苦しそうな低い声で)――君、おい君――
お光 ……(ジロリと清水を見るだけでイモをさらい込む手は休めない)
清水 それを、君あ
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