兄さん! なにをするの! なにをするの!
欣二 ヘヘ。(一同が極度に昂奮している中に、この男だけが表面ますますユックリとした語調。薄ら笑いをして)いいじゃねえか。好きなら好きで、いいじャねえか。気どるない。オツリキに気どるねえ!
誠 (蒼白になり、石のように立って欣二を睨んでいたのが、相手からかき立てられた憎悪を自分で押さえつけようとする努力のために、低いが、しかし時々ふるえを帯びる語調で)欣二。……食費の事は、僕が、悪かった。……許してくれ。その中に、働いて、返えす。そいで、いやあ――しかし、それとこれとは別だ。せい子さんの事は……僕ぁ、こないだから、チャンとなにして……しんけんだ。……厨川の方は、僕の手で片づけて……僕ぁせい子さんと結婚する気でいる。だから――
欣二 おめでとう。ハハ、いいじゃないか。(三平に)叔父さんどうです、御感想は?
三平 ――まあいいて! まあ、いいから、みんな、さあ、そう昂奮せずと――
誠 せい子さんの事で、ふ、ふざけた事を、言うと、僕ぁ、き、きかん!
欣二 きかなきゃ、どうするの? だっていいじゃないか。だからさ、しんけんに好きなんだから、よろしくやったっていいじゃないか。ライト・イズ・マイトだろう? ねえ! 好きな女となら寝たっていいわけで、ハ、やって見せなよ。けだし、そこいらが、兄さんの正体……つまり、兄さんのいいとこさ。(せい子に抱きついて行き、その首に右手を巻きつけて、なめんばかりにして、その顔をのぞきこむ)ねえ、おせいさん、そうでしょう? あんたぁ良い女ですよ。
誠 (その欣二の頬を、自分を押しとどめにかかっている双葉と三平の肩越しに飛上るようにして、ピシリとなぐる)畜生!
欣二 (懸命に自分を押さえようとしている父と圭子の肩の間から、ニヤリ笑って)……いいじゃねえか、ねえか、ねえ! いいだろうおせいさん! (ズボンのポケットに左手が行く)
圭子 あれッ! (叫ぶ)あぶない! 双葉さん! あぶない! (欣二の左手に握られた大型の自動式ナイフが、ボタンを押されて、ギラリと刃を見せている)
柴田 これッ、欣二! 欣二ッ!
双葉 ……(それを見て無言で誠のそばを離れ兎のようにすばやく欣二の左側に走って、その手首をトンと叩く。ナイフがカラリと音を立てて床に落ちる)馬鹿! 兄さん!
柴田 こら! 欣二! (それを知らないで、欣二に身動きをさせまいと思って、欣二をしっかりと抱き込んで炊事場の方へ引っぱって来ながら)きさま! 駄目だぞ! この――!
欣二 なあんだい? 苦しいよ、何をするんだあ。ヘヘ、馬鹿だなあ、父さんは! 父さんこそ駄目だよ、へえ、一番愚劣なのは父さんだよ! (言葉は相変らずユックリとして低いが、身体は逆に柴田の身体をグイグイと押し、反対に父親の首をしっかりと抱き込んでいる)これでも飲みなさいよ。(それまで右手にさげていた酒の瓶の口を柴田の口に押しつけ、父親の顔を仰向けにさせて酒をつぎ込む)
柴田 あ! プー、こ――(酒にむせ、炊事場の薪にけっまずいて仰向けにころぶ)
欣二 (これも同体にころんで)アッハハハ、さあ、さあ! (尚も酒をつぎ込む)
柴田 (苦しがって、もがきながら)これッ! こ! 欣――(顔中に酒が飛び散る)
欣二 お父さんを見ると、僕ぁひねり殺してやりたくなるんだ。にわとりをひねるようにさ。こんな風にね。(父の首をしめる。柴田のもがき苦しんだ右手が無意識に、そこに転がっていた手斧を掴んでいる)
せい あっ! あっ!
双葉 ちい兄さん!
欣二 ガリッと踏み殺せ! そこら中、みんなズタズタにしてやりぁいいんだ。ヒクヒクと生きてるこたあねえんだ! 悪い事ぁ言わねえから、死んじまえ。ひねってやらあ俺が。(言いながら、父親を引き起す。立ち上った柴田の手に手斧がある)ヘヘヘ、もっと飲みなさい! え? もっと飲みなさいよ!
柴田 (無我夢中で混乱して)この! きさま! プッ!
欣二 ヒヒヒ、なんだ、もうねえや! (言ってカラの瓶をビュッと投げたのが、飛んで行って食卓の脚に当ってバリンバリンとこわれた音と同時に、ヒーッと言うような声が柴田の口から出て、その左手が欣二を突き飛ばす。つづいて、総立ちになっている一同のアッ! オ! と言う叫び声と同時に、ガッと音がしたのは、夢中になって柴田が振りおろした手斧が、食卓の板に深く喰い込んだ昔)
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(長い間――)
(一同が化石してしまったように動かない。柴田は自分が何をしたのかわからないでボンヤリして突立っているが、やがて他の一同の方へ眼をやる。誠とせい子と三平と圭子と少し離れて室の中央に双葉が恐怖で一杯な真青な顔をして食卓上の手斧を見つめている。柴田はその視線をたどって手斧を見る)
(間……)
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