してくれたらどんなもんだろう。フフ、俺ぁ――(語調が、変にユックリとねばりつくように低くなって来る。それが何を意味するかを圭子はよく知っているらしく、真剣になって欣二の身体を誠から引離そうと力一杯に押している。双葉も少し前から、立って行って圭子と一緒になって欣二を取りしずめにかかっている)
誠 ふ!(歯をむき出して欣二を嘲笑して置いて、柴田に)ですから、僕は、僕等と全く同じ立場を取れと無理にお父さんに言っているんじゃないんです。又、そんな事はお父さんに出来る筈がない事は知っています。お父さんの立場が、どっちの方向に向いているか、その事を僕ぁ――
欣二 (圭子のからだを払いのけながら、誠の言葉をたち切って)なあんだよう? (誠に)そんならねえ、兄さん、今まで君が食いつぶした俺達の分を、吐き出して返してくれよ。よ? 兄さんはズーッと百円しか内に入れてないねえ、そうだろう? いまどき、百円でたりると思うかね、一人の食費が? それも、いまの社に、戻れるようになった四月か、五月からだ。それまでは、一文も入れてねえんだ。そのぶんを誰がどうしていると思う? 兄さんみたいに立派な口をきくやつが、人を犠牲にして、人の食う物を、横取りして食うのか?
誠 …………?
双葉 ちい兄さん、なにをあなた、つまらない事を言い出すの!
欣二 おっしやる通り、俺ぁルンペンのヨタの反動だからなあ。その俺が闇で稼いで来た金で買ったものを、食いつぶすにゃ、あたらねえだろう。こないだから、君が食ってた麦だってジャガイモだって、現に今食った汁のミソも俺のゼニで買ったんだよ。返せ、吐き出して。いいや、俺ぁ、どうせゴロツキだ。俺の金なんて、腐った金だ。んだから、俺あ、そいつを恩に着せようと思って売出してるんじゃねえよ。しかたがねえから、やってるまでだからなあ。君が、しかし、あんまりのぼせるから、言ってやるんだ。吐き出して返しな。俺だけじゃない、お父さんだって食いつぶされている。双葉がそのために四苦八苦している。搾取だ、寄生だ、君達のお得意の言い方で言やあ。きいたふうな口を利くのも、いいかげんにしたらどうだい? 俺ぁ――
双葉 黙んなさい、兄さん! だまんなさい! だまんなさいったら!
欣二 だってそうじゃないか。戦争中、兄さんが引っぱられていた一年半の間、信姉さんと双葉がどんだけ苦しんで、どんだけ死ぬような思いをして此の家を支えて来たかさえも、兄さんは知りゃしないんだ。何よう言っていやがる。
誠 (真青になり、しばらく黙っていた末に、双葉に)そんなに僕の食費は足りないかね?
双葉 いいえ、そりゃしかし、兄さんだって社から貰えるお金が、そんなにたくさんは無いんだから――いえ、そんな事なんでもない。(欣二に)私は自分の事を犠牲になっているとも、苦しいとも、考えたことは一度だって無いわよ!
誠 ……そうか。そりゃ、僕が悪かった。……そうか。……(柴田に)お父さん達をそんなに食いつぶしていたとは、僕は思っていなかったんです。僕の入れているもので充分だとは、まさか思ってはいなかったけど――忙しいのと……月給が安いんで……ついウッカリしていて……(双葉に)フーちゃんすまなかった、僕ぁ――
三平 (スッカリ酔って)ヒヒヒ、えらい所で、足もとをすくわれたねえ。だから言わん事じゃない。
柴田 なに、そ、そんな、そ、食いつぶしていたなんて事があるものか! 多少そんな事があったとしても、なに、そ、そりゃ、お互いで――親子兄弟の間で、そんな事ぐらい――
誠 僕ぁ、明日からでも此の家を出て行っていいんです。
欣二 アラアの神よか、糞でもくらえ! ハハハ、見ろい! 兄さんなんか、そんなえらそうな事を言っている暇に、もう少しおせいさんとでも仲良くするんだなあ。オアズケは、お互いに、つらいや!
誠 …………。
欣二 批難してるんじゃないよ、それでいいんだよ。おやりよ。いろんな手でいじくり廻された食い物と言うもなぁ、食慾をそそるもんらしいからな。(両手で顔を蔽うせい子)ねえ! (その方へフラリと寄って行った欣二が、しなだれかかるようにしてせい子の肩に手を置こうとしたトタンに、酔った足が何かに蹴つまずいて前のめりに倒れそうになる。倒れまいとしてせい子の肩を掴んだ片手に力が入って、先程、お光のために裂けたひとえの着物の肩口のへんが、再びベリベリと音を立てて、今度はモロにわきの下までやぶれて、折から下着なしに着ていたことゆえ、わきの下から乳のあたりまで、白い素肌がまる見えになる)
三平 こら、こらお前!
柴田 欣二! (これも立って行き、欣二を押し返しながら)
[#ここから2字下げ]
(せい子が素肌をかばいながら、身をちぢめて食卓に突伏す。その他の人間は全部立上ってしまっている)
[#ここで字下げ終わり]
双葉 
前へ 次へ
全36ページ中34ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング