に従って来たのは誰だ? 私達だ。私ども国民の全体だ。すれば、私達にも、まるきり責任がないとは言われぬ。市ガ谷で行われている東京裁判で裁かれているのは実はあの人達だけではない。あの人達を通して、私達国民の全部が裁かれているのだ。
誠 違います! お父さんは、国民全体国民全体と言いますが、事実としては、他の者を圧えつけたりだましたり搾り取ったり利用したりしている側と、そうされている側とがあるっきりです。市ガ谷で今裁判されている連中は、その圧えつけたり利用したりしていた側の代表者――つまり選手です。連中の罪悪は徹底的に無慈悲に追求される必要があります。それは単に過去の犯罪に対する懲罰としての意味だけではありませんよ。今後の世の中の進歩のためになるからです。なぜなら、あんな連中を代表者にしたり、手先にしたりした当の階級――つまり他を圧迫したり搾取したり利用したりする側の根は、あっちこっちにまだ残っていますからね。放って置けばまた芽を出して来ます。なるほど、お父さんの良心――つまり、戦争に対して自分にも責任が有ったと言う反省に対しては、僕ぁ人間として敬意を表します。……しかし、それが、あの連中を、どんな意味ででも弁護する口実に使われるんだったら――現に使われています――だったら、僕ぁ賛成できない。ことわっときますが、僕は自分の主義や主張を、お父さんに対しても誰にも強いようとしているのではありません。世の中には他の考え方もあるし、あってさしつかえないのです。そんな人達とも、いっしょにやって行けると僕ぁ思っているんです。ただ、どんな思想を持つ人でも、どんな立場に立っている人でも、現在の事態を正確に認め掴んでですねえ、その上で積極的に人間的に生きようとする人ならば、生き方にそれぞれ多少の違いはあってもです、結局は世界の九割を占めている善良なコンモンピープル――つまり人民――勤労者と言ってもいいです――それと反対の側に立つわけにはゆかないと言っているまでです。そいで今市ガ谷でなにされている連中は、その反対側に立つ人達です。
柴田 よろしい、それでもよい、仮りにそうだとしてもよい。同じ事だ。指導した者のまちがいを、されている者の側が、それではなぜ矯正しなかった? 力が弱かったと言うかね? しかし矯正する機会が全く無かったとは言わさぬ。すると又お前達は、そのような機会をも捕え得ないほどに、お前達の力は弱かったと言うかもわからぬ。よろしい。私の言うのはそこだ。お前達の考えを仮りに正しいとしょう。すると、その正しい考えを以てしても、国民の間にそれほど弱い力、殆んど無いに等しい弱い力しか作り出し得なかったところの、国民全般の無知と無能――つまり日本人の低さだ、これに対しては国民全体に責任が在る。お前達にも無いとは言わさぬ。つまり右翼から左翼の一切合切をふくめて、今言った広い意味での責任が在るのだ。そして私の考えでは、これこそ、最も根本的な戦争責任だ。明治維新以来、日清日露の両戦役から第一次世界戦争、それから今度の戦争――その全体を通じて、全体としての日本国民が歩いて来た一歩一歩にそれが在る。今度の戦争だけに限った十年間位の責任を問うだけであったら手易いことだ。が、それでは何の役にも立たぬ。それでは日本は生れ変り得ない。日本は今、明治大帝や伊藤博文までさかのぼり、その時分からの国家の歩み方の検討をしなおさねば、生れ変るわけに行かない。今、私は敗けたから、こんな事を言うのではない。此の際、勝っていようと敗けていようと、それに関係無く、遅かれ早かれ日本は、それにぶち当らなければならんのだ。つまり、これが日本の運命だったのだ。運命なぞと言うとお前は又笑うだろうが、運命と言うのは、つまり必然性と言ってもよい。過去から現在に至る無数の事がらの積み重なりの、のっぴきのならぬ結果のことだ。それを一つ一つときほぐして、その中に本質を見つけ出さねば、ホントの日本の再建は起り得ない。私は及ばずながら、歴史を学んでいる人間の一人として、これからそれをやろうと思っている。やって見せる。それを私は――(喘いでヒッと言うような声を出して絶句してしまう。疲れ切っているところに、昂奮して長々と喋ったので、力が尽き果てたのである)
双葉 もう、よして下さい、父さん! もう、やめて! やめてちょうだい!
柴田 ……(しめ殺されそこなった鶏が、もう一度息を吹き返そうともがいているように、首を伸ばしたり、ちぢめたり、両手で食卓の上を掻きむしったりしながら、切れ切れに)……いや、私がな、この、闇買いをしないでやって行きたいと思っている事だって――そうだ、小さな事ではあるが、言ってみれば、実は、それに関係が有る。――いまどき、闇買いをしないではやって行けない事は、いかな私だって知っておる。また、自分
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