からバラバラ涙をこぼしながら)言えますって! 言えるわ! これ位の事で、私――私は、生きて行くのよ。姉さんと違ってよ。私は生きて行く! 
欣二 あいよ、俺も死にたかあねえのさ、昂奮するなよ。おい圭ちん、踊ろうか? (立って行き圭子の腰を抱く。圭子黙ってそれをふりほどく)ヘ! そう、かんたんにくたばって、たまるかい! (立ってフラフラと上手の方へ歩き出す)死に神の歯の間から、皮一枚の違いですり抜けて来たんだ。虫けらになっても、ドブドロを呑んでも、たとえ、ばけて出ても――なあおい! (丁度その前に来ていた若い男の顔に、自分の顔を突きつけるようにして言う。男はペコリと頭を下げる)
柴田 (誠に)だけどねえ誠、私の考えは少し違う。そりゃ、日本が始めた戦争が侵略戦争であった事にまちがいはないが、その戦争と自分との関係と言うか責任と言うか、それが少し違っている。(話しかけられている誠は、男のそばを離れてフラフラしながら室の奥へ行っている欣二の方を眼で追っている)……つまり、お前達の考えと私などの考えの違いは、結局お前達は今度の敗戦は自分達に関係の無い事、つまり軍閥や財閥が勝手に始めて勝手に負けた事件であって――つまり負けたのは自分達ではないと思っているのに反して、私などは自分も負けた、いや、自分が負けた事件だと思っている、つまりその違いから来ているようだ。
誠 しかしお父さんは戦争前から戦争中もズッと戦争には反対だったじゃありませんか。僕はそれを知っています。今更それをそんな風にお父さんが言うのは、封建的な、つまり「衆に先んじて憂う」とか「死屍に鞭打たず」とか言った式の観念的な倫理観のコンガラカッたものです。愚劣だ! 普通に良心と言われていますそれは。しかし、そりゃ、病気になって、過敏になってしまった良心――ザンゲ病――自分が犯しもしない罪を自分が背負ってむやみとザンゲする――と言うのが有るそうです、それだ。良心ではない精神さくらんの一種です。
柴田 いや、よく聞きなさい! 欣二が言ったようにお前達は自分達の考えが常に一番正しくて、他の思想は愚劣だとする。そしてすぐに人を見おろして断定してしもう。自分の気に入らぬ意見は忽ち反動だと言い放って人に口を開かせないじゃないか。つまり、お前達は理窟ではデモクラシイを標ぼうしながら、そしてファシズムと闘っていると言いながら、実際に於てお前達のしている事は、なにに一番近いかと言うと、ファシズムに一番近い。人にはそれぞれ意見がある。その意見に賛成するしないは別問題として、少くとも人の意見に傾聴だけはするがよい。……それで今言ったように、私らには、自分のせいで、つまり自己の責任において此の戦争が起り、そして負けたと言う意識が有る。そして、そこから起きる反省が有る。あるいは、それは、お前の言う通り、封建的倫理観から来る考え過《すご》しかも知れぬし、また精神サクランかもわからぬ。しかし私には、そうは思えないのだ。よしんば、そうであったとしても、実感としてそのような意識や反省が起きるのだから、それについて考えて見なくてはならんのだ。それでな、それで、私は考えて見る。今度の戦争は侵略戦争であった。侵略戦争が悪い事であるのは言うまでもない。従って、それを計画し、挑発した直接の指導者達の責任は、あくまで追求されなければならぬ。それは、唯単に、悪い事をした者に、こらしめのためにお灸をすえると言う意味に、また、その程度にとどめて置いてはならぬ。徹底的に洗いざらい追求されなきゃならん事だ。そうだろう? そうだな、するとだな、同時にそのような者達を生み出したのは誰だ、どんな国、どんな民族がそれを生み出したか、つまり、そいつを生み出した母胎と言うか、地盤と言うか、それがなんだと言う所まで追求の手は伸びなければ意味をなさぬ。また、その母胎の方としても、そのような者達を産み育てて置きながら、あとになって、その者達の責任が問われる時になって、そんな事、自分は知らんですまして置ける事ではない。もし、すまして捨てて置いたとすれば、母胎そのものの上に、もう到底救いがたい――その民族その国民全部を遂には死滅させてしもうところの、根本的な堕落腐敗が起きる。いいかね? 私の言っているのは、それだ。つまりだ――わが国の指導者達は、悲しいかな、もともと、あさはかな、まちがった者達だった。ところで、そんな連中を生み出し育て上げ、自分達の指導者に据えたのは誰だ? 少くとも、そんな連中から指導されるのを拒まなかったのは誰だ? 拒み得るだけの、つまり、国民のホントの民意を国家の重大事に就て直接に反映させることの出来るような政治の組織を作り得ないで過ぎて来たのは、誰だ? ボンヤリしたままで、ないしは心の中は不本意でありながら、そんな人達の言う事を聞いて、それ
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