@あらまあ、大工さんとこの……お光さん――
お光 こんにちは、ヘヘ。
柴田 やあ、おいで。
せい いやじゃありませんか、表口からおはいりんなりゃいいのに。
お光 だって、外はグルッと焼けてしまって、どこが表だか裏だか――(ニコニコしている)
柴田 ごぶさたしていて……すまんと思っているが、棟梁はお元気かな?
お光 ヘヘ、お父つぁんは毎日寝ていますの。壕舎は、しけましてねえ、又ひどくリューマチが出まして。あれやこれやでグチばっかり。大工の棟梁が自分の住む家も建てられねえで、こうしていつまでもモグラもちみたいに穴ん中に住んでいりゃ世話あねえだって。
せい そいで、あなたの御主人は、まだ、あの、復員になりませんの?
お光 はあ、もう、とにかく、主人の行っている方面からは、無事な兵隊だけは帰って来るのは済んだって言いますもん。死んじまったんでしょ。(ケロリとしている)
せい ……(此方で胸がつぶれて)まあねえ。(清水が無言で椅子を立ってお光にすすめ、自分は壁に近い所にある背の無い腰かけの方へ行く。お光はペコンとおじぎをして椅子にかける)
柴田 ……すると秀三君は?
お光 弟は電車の方につとめていますの。なんしろあなた、十八や九の弟一人の働きで、お父つぁんとおっ母さんと私と、この子ともう一人の上の子の六人口をまかなっているんでしょ? いっそ私なぞ、こんな子さえ無けりゃ、どんなひどい商売でもやっちまおうと思うんですけど、ふふふ、いえ、なに、いよいよとなりゃ子供が有ったって、かまやしませんけどさ、ヘヘヘ。
せい でも弟さんは、えらいわねえ。
お光 だめですよ。近頃電車やなんかも騒いでばかりいて、いつなんどき首にならないとも限りませんからねえ。そう言えば、こちらの誠さんの新聞社でもストライキがはじまるんですって?
柴田 そうかねえ……誠は別に――
お光 共産党なんでしょ? たしか柴田さんの誠さんだったって、いつか、なんたら言うデモの時に、日比谷へんで見かけたって秀三が言っていましたわよ。
柴田 ……ふむ。……(ペラペラと取りとめなく喋りかけられて返事が出来ない)
清水 先生、それでは、僕、これで――
柴田 う? うむ。……まあ、チョット待ってくれ。ええと――(清水は、再び腰をおろす)
お光 双葉さんは、いらっしゃいませんの?
せい (何を言い出すかわからない相手にハラハラしながら)
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