ウせたくなかった。……指導者達の、とんでもなくまちがった考えのために、悪い戦争が始まってしまった事は知っていた――たしか、教室でもハッキリその事は君達に言った事があるね? (清水ガクンとうなずく)――が、とにかく、始まってしまった戦争に負けたくなかった事は事実だ。そういう自分の気持が、ところで、私の講義の内容をだな――内容の一つ一つではなくてもその全体の基調や気分をだな、無意識のうちに戦争協力の方へ持って行った。少くとも、それが無かったと言い切ることは私には出来ない。それに気が附いた。
清水 ……私には、もう君達に対して講義は出来ない――あの時、先生はそうおっしゃってお泣きんなりました。
柴田 いやあ、涙が出たのは……ありゃ君、これきりで君達とも別れるかと思って、それがつらいんで、ちょっとその、はは、センチメンタルになったのさ。
清水 しかし――しかし、いずれにしろ、うちの学校で戦争協力について責任のあった先生達は、ちゃんともう三四人追放令に引っかかって、よされたんです。もし先生までがそんな風にお考えになるんでしたら、続けて教職についている資格のある先生は一人も居なくなります。現に、先生を嘲笑された斎藤先生だとか学生課の二三の先生達、戦争中、まるで神がかりになって軍部や勤労動員の先頭に立たれた先生がたは、どうなります?
柴田 そりゃ、人それぞれで、各自の考え方の相違――
清水 戦争中、先生のことを反戦論者だと中傷していた同じ口で、今度は国策居士は偉いもんだよなどと、白い歯をむいて嘲笑なさっているじゃありませんか。まるで猿です。
柴田 いやいや、そんな君、人を裁くもんじゃない、人を裁いちゃいかん。……人の事は、まあ、いいよ。人の目はごまかす事は出来る。恐ろしいのは自分自らの裁きだ。
清水 じゃ僕は、先生、僕など、どうなります?……戦争はいやでした。どんな事があっても二度としたいとは思いません。しかし僕は出征して戦いました。そして、こうして片腕をなくして来ました。僕は自分をどう裁けばいいんですか?
柴田 君はそれでいいんだよ。君は実は、正確に言えば、戦争の犠牲者なんだからな。私は、私自身の腹の中で、国民一人ぶんの戦争責任が有ると裁いたんだ。つまり私は有罪なんだ。
清水 僕が犠牲者なら先生も犠牲者じゃありませんか。先生が有罪なら、僕も有罪です。そんな風にお考えになることは
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