Cは無いし、国民は勿論守っちゃいません。守れないのです。つまり全部が闇なんです。全部が闇なのに、俺は闇はしないと言って意地をはっているのは、滑稽じゃありませんか。気ちがいじみていると思うんです。――お怒りになっちゃ困りますが――いや、お怒りになっても、かまいません。
柴田 怒りはしない。……しかしね、清水君。私が休んでいるのは、ホントにそんな事のためではないんだよ。そこまで君たちが言うんだったら、まあ言うがね――早く言えば責任だ。……話が堅苦しくなるがね、私も、まあ、永年、歴史の講義をやっていて、まあ、言って見れば、学者だ。……智識の切り売りばかりしていたわけでもない。多少は、自分の学問的な立場もあるし、又、信念と言ったものも有る。それがこんな事になってしまった。――いやいや、別にそれだからと言って、自分の立場が崩れたとか、又は、スッカリ考え直さなくてはならなくなったと言うのではない。歴史というものを見る見方の根本が変ったりはしないようだ。しかし、……とにかく、今迄の様に高い所から君達に講義が出来なくなった。いろいろ反省して見なければ一言も口が開けなくなった。(せい子が湯をわかすためにシチリンで燃しつけた火がけむって、その辺に煙が流れる。その煙のためにしぶくなった眼へ指を持って行ったりしながら語る)
清水 しかし――しかし先生は、戦争中、僕等を戦争にかり立てるような事は、一言もおっしゃらなかったじゃありませんか。むしろ僕等は、講義中に時々先生のおっしゃる事から柴田先生は戦争反対論者じゃないかなんて話し合ったことがあります。現に、先生が、配属教官から何度も忠告を喰わされた事があるのは、僕等も知っています。特高の刑事なども、始終お宅にやって来ては、先生をいじめ抜いたそうじゃありませんか。
柴田 はは、そりゃ、かなり、やられた。言う通りにしないと縛るぞと言ってね。しかし、そんな事位、別に珍らしい事じゃなかろう。たいがいの人がもっとひどい目に逢っていたんだからね。上も下もあの時分は、頭がカーッとして眼が見えなくなっていたんだね。――私の言っているのは、そんな事じゃないさ。なるほど私は、戦争中だからと言うので、自分の講義のやり方を曲げたりはしなかった。その点はハッキリ言える。しかし、私は愛国者だ。日本を愛している。……だから、とにかく、戦争に負けたら、たいへんだと思った。負け
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